アメリカ人小説家が終戦直後のウィーンに訪ねた旧友は、
既に事故死していた上、医薬品密売の容疑がかけられていた。
事件の真相の鍵を握る“第三の男”とは?

第三の男

THE Third Man

1949  イギリス

104分  モノクロ



<<解説>>

映画史のベストにも選ばれることも多いサスペンス・スリラーの傑作。物語の舞台は終戦直後のウィーン。物資不足で、それらが闇で取り引きされることが盛んだった頃である。“第三の男”をめぐるサスペンスや男女の愛憎といったエンターテインメントがメインであるが、そのドラマの背景となる暗い情勢もしっかりと冷静に見つめられいて、戦勝国の立場から政治色を匂わせる作品となっている。現地でエキストラを調達して、街の廃墟でロケを行ったり、音楽には地元に根ざした民族楽器チターのみを使うなど、徹底したリアリズムで描かれていることも特徴で、単にクラッシックの名画という価値を越えた目応えがある。
戦勝国により分断統治されててたウィーンを象徴するかのように、本作は国を跨いだスタッフやキャストによって作られた。製作者について言えば、オーストリアからはアレクサンダー・コルダ、アメリカからはデビッド・O・セルズニック、イギリスからは監督を兼任したキャロル・リードが名を連ねている。キャストは、『市民ケーン』のジョセフ・コットンとオーソン・ウェルズが再び共演することになり、ヒロインにはイタリアの女優ヴァリが抜擢された。原作はイギリスの作家グレアム・グリーンで、脚本には彼自身の経験が反映されているという。ちなみに、ウェルズが観覧車の中で発したセリフは、ウェルズ自身がリライトしたものだと言われているが、本人がそう言っているだけで、真相は定かではない。
映画的には独創的な作品で、有名なのは、ほんんどのカットで微妙に斜めになっているカメラである。傾いだ映像は、観る物に不安感や不吉な印象を与え、親友や警察に対して疑心暗鬼に陥る主人公への感情移入を助ける効果を挙げている。また、映画を象徴するモノクロの特性を行かした光と影のコントラストは今観ても新鮮だ。水を撒いて石畳を光らせるという大胆な手法も時代の先取りで、後にリドリー・スコットが得意とするものとなる。街灯に照らされた大きな影などは想像力をかきたてる効果を挙げているが、実は、ウェルズがわがままを言って撮影現場になかなか現われなかったため、苦肉の策で考えられたものだった。予断だが、ウェルズの登場シーンの穴埋めとして、その代役を助監督のガイ・ハミルトンや監督のリードが勤めたという。
本作を観るとある一本の名画が思い起こされる。戦争で難民となった人々が集まる街が舞台であること、主人公とライバルとその恋人との三角関係、そして、セルズニックがヴァリに第二のイングリッド・バーグマンを期待していたこと。それらから想像すると、やはり本作は『カサブランカ』を意識していたのかもしれない。しかし、本作は『カサブランカ』のようなメロドラマを否定するように、真実の人間の姿により近い人間の愛憎を描いていく。友情、愛情、裏切りといった相反する様々な感情の交錯は、メロドラマのようにスマートにはいかない。観客の期待が膨れ上がったところで、満を持して登場する悪役にしても、根っからの悪党ではなく、どこか憎めないイタズラっ子であるところが、より状況を複雑にする。下水溝でのクライマックスは、登場人物の感情の迷走を表しているようで、非常に盛り上がるが、その結末は現実に即した救いのないものである。娯楽作としては決して気持ちの良いものではない。しかし、現実の厳しさを突きつけたラストは、リアリティがあるゆえ、映画ファンの心に残る名シーンとなった。



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