英スパイの007とソ連スパイのトリプルXが手を組み、
両国の原潜が消失した事件の陰に潜む世界規模の陰謀に迫る。
シリーズ第10作。

007/私を愛したスパイ

THE SPY WHO LOVED ME

1977  イギリス

125分  カラー



<<解説>>

シリーズ10作目で、3代目ボンド、ロジャー・ムーアの3作目にあたる作品。10作目を記念して、巨額の制作費で作られたと言われている。監督は、第5作『007は二度死ぬ』のルイス・ギルバート。物語の前半は、エジプトを舞台に英ソのスパイがマイクロフィルムの争奪戦を繰り広げ、後半は、イタリアで殺し屋との対決、そして、クライマックスは地中海の海底にある敵の本拠地での攻防戦が壮大なスケールで描かれる。ボンド・ガールは後にリンゴ・スターの妻になるバーバラ・バック。敵のボスには、ロシアの名優クルト・ユルゲンスが扮し、重厚な芝居を見せる。シリーズ最強の殺し屋ジョーズを演じたリチャード・キールは、本作で人気者となり、次作『ムーンレイカー』にも登場。悪役としてはじめて2作連続出演となった。アバンタイトルは、スキーを履いたまま崖からダイブというスタントで、名シーンのひとつに数えられる。
東西冷戦の緊張を背景に、敵同士として出会った主人公ボンドと女スパイ、アーニャ。アーニャのコードネームは“トリプルX”。2002年に007シリーズに対抗して作られたという映画『トリプルX』と同名だが、それは本作にひっかけたのかもしれない。さて、前半のエジプトのパートは比較的ゆったりと描かれていている。ボンドとアーニャが広大な砂漠を歩く場面では、『アラビアのロレンス』のテーマ曲が流れるなどのパロディも。ボンドとアーニャは、資料の上では互いを敵として知り尽くしていながら(酒場で互いの好きなカクテルを当てる場面で何気なくそれを知らせる)、いざ本人と対面してみると相手を異性として意識してしまう。『女王陛下の007』のようなロマンス編かと思わせるしっとりとした雰囲気だが、それを良い意味でぶち壊してくれるのが、殺し屋ジョーズ。見上げるほどの巨体に鋼鉄の歯を持つというインパクトのある姿と、ボンドがまるで太刀打ちできないぼとの怪力がシリーズの中で異彩を放っている。
イタリアへ舞台を移した後半はさらに物語が暴走。アーニャが、最愛の恋人を殺したかもしれないボンドを殺すことを本人に宣言し、ひとまず禁断のロマンスは中断。ここからラストまで、世界征服を企む組織との壮絶な戦いが派手な見せ場の連続で突っ走っていく。本作が派手になったのには、文芸指向のあったサルツマンが前作『黄金銃を持つ男』を最後にプロデューサからはずれたことも関係しているに違いない。また、『007は二度死ぬ』のクライマックスに登場した巨大秘密基地から察するに、監督ギルバートにも007に対して確固たるビジョンがあったようだ。宇宙船を模したような敵の秘密基地や、ボンドカーであるロータス・エスプリが潜水用に変形するなど、全体的にSFアクション指向強い。また、地上の文明を滅ぼして海底に新世界を建設するという敵の目的も、従来のスパイ映画の枠を越えた破天荒なもの(リアリティには欠くものの、スケールの大きな物語を支えるにはこのくらいの与太は不可欠)となっている。独自に解釈されたギルバートの一連の007作品には、ファンからも賛否両論があるようだ。しかし、華やかなアクションとケレン味の効いた演出が頂点に達した本作は、娯楽の殿堂としての007の象徴であり、シリーズを単なるスパイ映画から007というジャンルに押し上げたギルバートの功績も評価されるべきなのかもしれない。



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