自殺未遂のサラリーマンの面倒を見た寅次郎は彼の付き添いでウィーンへ。
そこで出会った美人のツアコンに恋をする。
ついに海外に飛び出したシリーズ41作。

男はつらいよ
寅次郎心の旅路

1989  日本

109分  カラー



<<解説>>

前作に引き続き、大胆な冒険にチャレンジした41作目は、ついに寅次郎が海外へ遠征? 舞台となるオーストリアのウィーンの有名な観光地でロケを敢行した。マドンナは、第32作『口笛を吹く寅次郎』、第38作『知床慕情』に続いて三度目の登場となる竹下景子。ウィーン旅行のきっかけとなる狂言回しに、第29作『寅次郎あじさいの恋』にも出演した柄本明。淡路恵子が『知床慕情』と同様、竹下の母親代わりの役で再登場。酸いも甘いもかみわけた未亡人として、マドンナの心を支える重要な役割を担う。また、いつものように、笹野高史やイッセー尾形など常連の適材適所の配役もお楽しみ。
冒頭は、風邪をひいた寅次郎が旅先の宿で雨宿りをしているシーンである。そんな日本的情緒に溢れた映像から、本編では物語が芸術の都ウィーンで展開されるのだとは想像もつかないのが、本作の楽しいところ。「男はつらいよ」シリーズでは、しばしば、劇中でシュトラウスなどのクラッシック音楽が使われているので、寅次郎とウィーンの関わりはまったくないとは言えない。しかし、どうもウィーンの町を歩く寅次郎の姿は想像しにくい。本当にウィーンへ行くのだろうか? そんな興味で“くるまや”の面々や観客や焦らしながら話が進んでいく。
そして、本当にやって来てしまったウィーン。ドナウのほとりで日本の流行歌をうなる寅次郎の、期待通りのマイペースと場違いっぷりは必見。一方で、ウィーンに到着してからマドンナと出会うまでの間、積極的にホテルから外に出て行こうせず、終いには迷子になってしまうという、気の小ささや順応性の悪さも見られる。もし、初期の頃に海外へ行くエピソードがあったら、街中でバイをする場面が見れたかしもないが、そういう場面がないのは妙にリアルだったりする。それから、寅次郎の語りにテーマ曲をかぶせるお決まりの演出も期待されるものの一つ。ヨーロッパの風景の中ではあまりに合わないが、空港の別れの場面でしっかりやってくれる。日本が舞台だったのらしんみりさせるだろうが、完全にパロディなので、ちょっぴり笑える場面になっている。
満男は、前々作では進路に悩み、前作では大学受験に挑んだ。そして、本作では大学に落ちてしまい、予備校通いになっている。これからずっと、競争社会の中でこんな苦しみを味合わい続けなければならないのだろうか? 挫折を経験した者なら当然、浮かぶ疑問に応えるように、本作は社会からのドロップアウトがひとつのテーマとなっている。第15作『寅次郎相合い傘』や第34作『寅次郎真実一路』でも、同様の問題がサブテーマになっていた。しかし、時代が移り変わり、その問題は、エリートのような少数派だけのものではなく、社会に参加しているすべての人に関わる切実なものになっている。競争社会にもまれるうち心を病んでしまったサラリーマン。競争社会の犠牲になり、海外逃亡を余儀なくされたマドンナ。そんな二人の間で、悩みがあるのかないのか、のらりくらりとしている寅次郎。そんな彼は対比が感慨深いものがある。また、競争社会というせちがらい世相を反映したように、他人に親切にしたせいで面倒に巻き込まれ寅次郎に個人主義を宣言させるギャグも印象的だ。
もう一つのテーマとしては故郷というものが挙げられる。遠く離れた地にいれぱそれだけ、故郷への思いもつよくなるものなのかもしれない。一世一代の覚悟でドロップアウトしたマドンナですら、寅次郎を見てその中に故郷を強く感じてしまい、矢も盾もたまらなくなってしまうのだ。ここで、マドンナは寅次郎を“故郷の塊”と評価しているが、これはそのまま、「男はつらいよ」ファンがシリーズに対して感じていることをうまく代弁しているようでもある。ウィーンという異国を舞台にするという奇抜さを狙いながらも、故郷の素晴らしさを見直す機会を与えてるところは、「男はつらいよ」の底力を見せられたようだ。そして、このまま郷愁で終るかと思えばそうではなく、故郷よりも素晴らしいものがあることを示す。



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