かつてひいきにしていた旅芸人一座座長の娘と福岡で再会した寅次郎。
就職のために上京してきた娘のため婿探しに奔走するが…。
シリーズ第37作。
男はつらいよ
幸福(しあわせ)の青い鳥
1986
日本
102分
カラー
<<解説>>
この年は例年の夏の興行がなく、一年振りの作品となった37作目。劇中でも、寅次郎は一年振りに“とらや”に帰ってきたことになっている。寅次郎の世話した若い男女の恋を中心に描く物語で、マドンナには志穂美悦子。その相手役にシンガーソングライターの長渕剛が出演したことが話題に。達者な芝居を見せる一方、彼のトレードマークのひとつであるハーモニカも披露。二人は本作での共演がきっけで翌年に結婚している。その他、ゲストとして、有森也実がラストシーンに、今後、シリーズの常連なるすまけいが芝居小屋の場面に出演。舞台は、山口県萩、福岡県飯塚、そして、筑豊。冒頭は、“とらや”の面々が幸せの青い鳥を探している夢。
物語のきっかけとなるのは、寅次郎がかつてひいきにしていた旅芸人一座との縁である。その一座というのは、夢のシーンでも度々、悪役で登場してきた吉田義夫(奇しくも、本作公開2日後に他界)演じる坂東鶴八郎(中村菊之丞)の一座のこと。そして、その娘・大空小百合が今回のマドンナとなる。一座が最後に登場したのは、第24作『寅次郎春の夢』のラストシーン(夢のシーンを含めれば第26作『寅次郎かもめ歌』)であるため、「あ、そういえば」という人も多いかもしれない。それに、かつて大空小百合を演じていた岡本茉利は出演せず、代わりに志穂美が演じているので、一座との縁に必然性はない。しかし、第33作『夜霧にむせぶ寅次郎』での舎弟・登の再登場と言い、数年をまたいだエピソードはファンにとっては楽しいもの。登場人物と観客の間に懐かしさを共有させる、長年続けてきたシリーズだからこそ出来る贅沢な演出である。
物語は、寅次郎が世話をした若い女性とその恋人の仲を見守るという、シリーズ後半での定番パターンである。前々作『寅次郎恋愛塾』でやったばかりのパターンだが、若い男女、特に長渕演じる画家志望の青年・健吾に視点を置いているため、一本の青春映画としても見応えのある作品に仕上がっている。健吾は、『夜霧にむせぶ寅次郎』のトミーほどではないが、“とらや”と関わる人間としてはあまりいない、扱い難そうなタイプだ。しかし、中村雅俊や沢田研二が演じた、ありえないくらいの好青年より、リアルな青年像である。落ち着きのないチンピラ風の若者を、「男はつらいよ」の世界観でどのように扱うかも見どころだが、同時に、都会で挫折した青年の孤独やさみしさも表現されている。シリーズ中でもっとも生々しい青春を描いた作品といってもいいかもしれない。
これまでにもシリーズ中に青春ものはいくつもあったが、これほど、青春ストーリーをメインした作品はなかった。監督に本格的な青春ものをやりたいという欲求があったのかどうかは定かでないが、“満男シリーズ”への布石となったことは確かなようだ。後の“満男シリーズ”でもそうだが、寅次郎が完全に脇に回っているのも本作の特徴。しかも、世話や助言を最小限に止め、見守り役に徹しているのもこれまでになく、真意のほはともかくとして、マドンナへの好意を自ら否定してしまうほどである。しかし、マドンナや健吾への関わり方はさすがに印象的だ。寅次郎がマドンナに鳥の形をした笛をあげる場面は粋だし、健吾と寅次郎が対面するのは、たった1シーンながら妙にハラハラさせるものがある。ラストの婚姻届も、たいしたことの出来なかった寅次郎の精一杯が出ている、せつない場面だ。
副題の通り、本作のテーマは“青い鳥”であり、それを若い男女の姿を描いているが、シリーズの大きなテーマである「幸福論」についても、少し展開があるようだ。これまで、幸せの一つの結果として結婚が示されていたが、そこに、健吾の夢が関わっているため、「幸福論」にも変化が生まれている。結婚と夢の関わりで言うと、マドンナがどちらか選択を迫られた第16作『葛飾立志篇』や『寅次郎わが道をゆく』が思い起こされる。確かに女性にとっては、結婚と夢の二者択一を迫られるのというのが現実かもしれない。しかし、本作では、健吾が夢を追わなくなってしまうことをマドンナが心配する場面がある。つまり、それは、健吾が夢をかなえることが、同時に彼女の自身の幸福でもあることを示しているのである。
青春ストーリーとして、未来に向かっていく若い男女を描きながら、それと釣り合いを取るように、現代から失われていくものにスポットを当てているのが、「男はつらいよ」らしい面白い演出である。マドンナが属していた旅芸人一座。健吾が働いている手書きの看板屋。どちらも、80年代当時、既に廃れ始めたものだ。寅次郎ががらんどうの芝居小屋で想い出に浸る場面は、失われていくものへの敬意が払われた素晴らしいシーンと言えるのでは。ちなみに、劇中に登場する芝居小屋・嘉穂劇場は実在し、現在も現役で営業中である。
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