家出した社長の娘を探しに出かけた寅次郎が、伊豆七島で女教師に恋をする。
シリーズ第36作。

男はつらいよ
柴又より愛をこめて

1985  日本

106分  カラー



<<解説>>

あけみの家出騒動と、寅次郎の孤島で暮す美人教師への淡い恋を描いた36作目。マドンナには、第4作『新 男はつらいよ』から十五年ぶりに登場する栗原小巻。前作のマドンナとは別人だが、前作の保母役は今回の教師役と通ずるところがあり、物語も、あの保母のその後を連想させるものがある。本作は、第33作『夜霧にむせぶ寅次郎』で初登場してから、すっかりレギュラーとして定着した美保純演じるあけみにスポットが当てられ、彼女の苦しい恋も描かれる。あけみの相手役に田中隆三。その他のゲストに川谷拓三。冒頭のテレビ局でのシーンでは、アナウンサーの森本毅郎が出演。舞台は、伊豆・下田、伊豆七島・式根島、そして、ラストは調布と浜松。夢のシーンでは、寅次郎が日本代表の宇宙飛行士としてロケットで飛び立つ。
「大いなるマンネリ」と言われて久しい本シリーズ。「マンネリ」も必ずしも悪い言葉ではないが、シリーズがもっとも成熟した時期に入ったここ数年の作品にその言葉は当てはまらない。寅次郎の失恋物語という大枠があるだけで、プロットの詳細が一作ごとに凝っているのだ。これまでに定着していた基本プロットを意識的に崩しはじめたのは、第32作『口笛を吹く寅次郎』から。過去の傑作の焼き直し的な作品も数作あるが、それにしてもアイデアが途切れないものだ。本作は、あけみの家出という事件を発端とし、そこから寅次郎の美女との出会いにつながっていくという物語。レギュラーメンバーが旅に飛び出すという新しい試みで、楽しませてくれる。
物語の前半の主人公は寅次郎ではなく、実質的にはあけみである。結婚生活に失望した人妻が孤島で体験したアバンチュールといったノリだ。しかし、旅館の息子にプロポーズされて、ひと時の夢を楽しんだのかと思いきや、相手を傷つけてしまったことに気を病む優しさを見せる。寅次郎とあけみの対決も見もので、これまで、作品の彩りでしかなかったあけみが、寅次郎と腹を割って話せる人妻という特殊な立場で、その役割を発揮する。マドンナが、寅次郎が惚れる対象以上の存在ではなかったものから、シリーズの成熟に連れて、人生のある一人の女性として描かれるようになった。それと同じように、あけみも悩みを抱える一人の女性として描かれているのが、とても味わい深い。
あけみの登場は、大河ドラマにまた新たな局面をもたらすこととなった。あと数作であけみは登場しなくなるが、若者である彼女の活躍は、最終作までの数作、いわゆる“満男シリーズ”に大きな影響を与えることになった。あけみの寅次郎に対する思いは、後の満男のそれと似たところがあるようだ。この時点で、監督に“満男シリーズ”の構想があったかは定かではないが、本作には、「尊敬とまではいかないけど」と、満男が寅次郎を肯定するような場面があったりと、性格的に似てきた二人の信頼関係がすでに出来始めているのが興味深い。さらに、第46作『寅次郎の縁談』では、本作の家出のエピソードが満男を主人公に変えて再現される。“満男シリーズ”を既に観ているならば、本作は非常にスリリングなものとなるだろう。
寅次郎もいいかげん良い歳なので、それ相応の歳であるマドンナが独身の場合、彼女の悩みが結婚に関することが多くなってくるのは自然なこと。今回のマドンナ・真知子は、『二十四の瞳』の女先生に憧れて島で暮している教師。生活は充実はしているもものの、将来が見えていないことについて、不安を感じている。結婚をすれば、恋の情熱を失ってしまうことを恐れる彼女の悩みは、結婚の理想と現実のギャップに苦しむあけみの悩みともリンクしている。
今回のマドンナが持つ面白い特徴は、寅次郎への独特な評価の仕方にある。ほとんどのマドンナは、寅次郎のことを、「面白い人」、「良い人」としか見ていなかったが、真知子場合は違っている。教師という知的な職業だけあり、「首筋が涼しげ」、「はじめてあった時、本当に若者に見えた」など、寅次郎の新たな魅力を言葉で説明できるところが新鮮だ。また、本作は、『二十四の瞳』の描いた理想に対し、結婚という現実をつきつけて見せているが、純粋に『二十四の瞳』へのオマージュもある。自転車をプレゼントしたり、唱歌の合唱をしたりなど、名場面がそのまま再現されているのも楽しい。
真知子とあけみ、悩みのかかえる二人の女性を前にして、寅次郎が一歩引いているような感じもあるが、そんな悩みとは無縁と見える立場から、彼にしか出来ない助言を与えている。旅先で目にした平凡な人生の素晴らしさを独特の話術(アリア)で真知子教える場面は、その情景が浮かぶようだ。平凡な人生を称える寅次郎が、本人に結婚から逃げているのは大きな矛盾だが、結婚と恋愛の間のジレンマは、シリーズの後半を支える重要なテーマのひとつとなっている。「結婚は人生の墓場」というのも一理あるかもしれない。しかし、結婚できなくても、人一倍恋をしている寅次郎は、はたして、彼の周囲の人が言う通りの幸せな男なのだろうか。
これまでに幾多の失恋を重ねてきた寅次郎。いくら勘の悪い彼でも、いいかげん、恋の顛末が想像できるようになったらしい。しかし、先のことが分かってしまうことは、当人にとって哀しいことでもある。『口笛を吹く寅次郎』でも、寅次郎は自分が傷つくこと恐れて、展開を先走り、結局、彼自身にとっても、マドンナにとっても、悔いの残る結末になってしまった。本作の結末もそれと似ていて、寅次郎は土壇場で真知子に対して、余計な先手を打ってしまう。しかし、『口笛を吹く寅次郎』とは違い、寅次郎や真知子にとって、幸福な結末だったかどうかの判断は、観客に委ねられている。



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