岡山でひょんなことから僧侶の介添えとして働くことになった寅次郎。
寺に娘の婿になるつもりで、出家する決心をするが…。
シリーズ第32作。

男はつらいよ
口笛を吹く寅次郎

1983  日本

105分  カラー



<<解説>>

ニセ寅次郎(レオナルド熊)が“とらや”の皆から結婚を祝福されている場面を、本物の寅次郎が目撃するという夢ではじまる32作目。本作はこの夢に象徴されるように、寅次郎が目前までやってきた結婚話を……という物語である。マドンナに竹下景子。ゲストスターに中井貴一と杉田かおる。松村達雄が住職役、長門勇が檀家役で出演。また、写真家の森山徹が特別出演。舞台は岡山の高梁。ちなみに、本作にて、ついに、シリーズは同一主演による最長シリーズとしてギネスブックに登録された。また、なぜか、本作だけ、主題歌のイントロの口上がおなじみのものとは違っている。
“リリー”シリーズと第10作『寅次郎夢枕』を除けば、寅次郎は片想いで無様にフラれるのが常だった。しかし、シリーズが成熟してくるにつれて、寅次郎にも中年の魅力が出てきたのか、マドンナに恋人や結婚相手がいたとしても、“いい人”だけでは終わらないパターンが増えてくる。第27作『浪花の恋の寅次郎』以降、寅次郎はモテモテなのだが、一度染み付いたフラれ癖は、簡単に抜けるものではないようだ。相手に好意を持たれても、自分から逃げ出してしまい、上手くいったためしがないのである。コメディでありながら、この辺りの人物描写に現実味があったりするのは、やはり、シリーズが十数年の時を重ねてきたからこそだろう。寅次郎という人物は、映画の中に確かに生きているのである。
本作には、コメディのハイライトとして、いつもより大仕掛けのギャグが用意されている。博の父の故郷の寺で僧侶の助手になったになった寅次郎が、何も知らずに法事にやって来たさくらたちを驚かすというものだ。いたずらっ子・寅次郎の面目躍如といった愉快な場面となっている。さくらたちが旅先で寅次郎と会うという、最近にはない展開も見どころだ。ここで面白いのが、寅次郎の僧侶姿が似合っているということ。これまで就職に散々、苦労してきた寅次郎が快活に僧侶の仕事をこなしているということは、“とらや”の人々にも驚かれるぼどだ。これは、寅次郎の家族への甘えをうかがわせるシリーズでも重要なエピソードと言えるかもしれない。
岡山では、博の父の三回忌として、諏訪兄弟が久しぶりに顔を合わせる場面もある。ただのファンサービスだけでなく、博の父を演じていた志村喬が前年に没したことへの哀悼も込められているだろうし、また、作品世界と現実の双方の時の流れをしみじみと意識させられずにはいられない場面となっている。はやり、世界最長シリーズという称号は伊達ではないのだ。
もやは準レギュラーの二代目おいちゃん・松村達雄が演じる寺の和尚と知り合った寅次郎は、例の如く寺に居着いてしまい、これまた例の如くそこの娘・朋子に恋をしてしまう。マドンナ・朋子を演じる竹下は、美しさの中に知性を感じさせ、寅次郎との相性も抜群れ。竹下は、寅次郎のマドンナとしては、浅丘ルリ子の四作に次いで出演回数が多く、別の役であと二度、シリーズに出演しているが、、マドンナとしての資質や、寅次郎とからめやすかったことが、再登板につながったのかもしれない。
さて、寅次郎とマドンナの親密度が増していく一方で、和尚と息子・一道(中井貴一)との確執、そして、一道とそのガールフレンドのひろみ(杉田かおる)の淡い恋物語が用意されている。前々作『花も嵐も寅次郎』で寅次郎が関わった若い男女のロマンスでは、恋愛や結婚の現実を見せたが、今回、一道とひろみが見せるのは、まっすぐな純愛だ。いつもなら、ここで寅次郎が一道とひろみの恋を応援するという展開になるのだが、ひろみを慰める程度で具体的な行動に出ることはない。若い人は放っておいてもなんとかなるというのか、寅次郎・朋子と一道・ひろみ、この二つのロマンスは、互いに寄与しないまま物語が進んでいく。しかし、後者は寅次郎の演じられない情熱的なロマンスを演じているという点で、寅次郎のいつものロマンスと好対照となっている。
今回の寅次郎の恋のクライマックスでは、これまでと違った恋の駆け引きが演じられ、それは、柴又駅での見送りという短いシーンに集約されている。寅次郎は、自分が傷つくのを恐れてか、マドンナの言いたいことの先回りをしたりと、これまでにない積極性を見せるが……。副題の「口笛を吹く」の意味とは、“気のないフリをする”というころだろうか。ここで、いつもなら寅次郎に対して注がれる観客の同情と溜息も、今回ばかりは、フラれたマドンナに注がれることに。



ストーリーはこちら