京都で陶芸家と知り合った寅次郎が窯元で女中をする未亡人に恋をする。
未亡人も自由気ままな寅次郎に惹かれていくが……。
シリーズ第29作。
男はつらいよ
寅次郎あじさいの恋
1982
日本
110分
カラー
<<解説>>
寅次郎と人間国宝の陶芸家の交流と、陶芸家のもとで働く女中との意外な恋を描く29作目は、シリーズ後半を代表する傑作。舞台は京都、丹後の伊根、鎌倉。マドンナにいしだあゆみ、ゲストに柄本明、歌舞伎界から片岡仁左衛門を迎える。冒頭の夢は、日本画家に扮した寅次郎が貧しい農家に泊めてもらうという時代物。実写とアニメーションとの合成シーンがある。
タイトルクレジットの最中に、ワンシーンを入れるというのははじめての試みで、この作品がシリーズの他の作品と違うことを暗に示しているかのようだ。ここ数作で安定していた基本プロットを大胆に崩し、寅次郎の恋愛の形やマドンナの性質もこれまでとはまったく異なってる。笑いも押さえ気味でシリアスな内容でありながら、完成度が高さから傑作と呼ばれ、人気のある作品である。
いつもなら前半で、実家の“とらや”に帰ってきた寅次郎がひともんちゃく起こす場面があるのだが、今回はばっさりカット。その代わり、“とらや”に寅次郎から旅を続ける旨のの葉書(画家の代筆によるもの)が届く。毎回、“とらや”での騒動を楽しみにしている人には残念かもしれないが、寅次郎の居ない“とらや”の人々が見られるのは収穫だ。第13作『寅次郎恋やつれ』で、さくらが、寅次郎がいない時の家の様子を「テレビを見て寝るだけ」と言っているが、その言葉通り、会話が少なめだ。
寅次郎が“とらや”に帰ってくるのは、物語の半分を過ぎたあたり。ただ、ここでもお約束の“とらや”帰宅シーンはカット。「二階で寝込んでいる」という状況を説明する台詞があるだけである。帰宅シーンといい、前半の騒動シーンといい、シリーズを特徴づける要素を、パターン崩しの余地すらないほど潔く割愛したのは、やはり、内容の自信ゆえなのだろうか。
京都にやってきた寅次郎は、狂言回しとなる人間国宝と出会う。第17作『寅次郎夕焼け小焼け』のパターンだ。こういう立派な人物から、なぜか敬意を払われる寅次郎というのは、本作では数少ないお約束のひとつ。さらに、今回は寅次郎がこの大人物に一丁前に説教をする。人間国宝か寅次郎の言葉に素直に従う場面が愉快だ。ここで、陶芸家の弟子として柄本明(若い!)が登場。出番は少ないながらも、神経質で陰気な感じが寅次郎と好対照だ。第41作『寅次郎心の旅路』ではさらに重要な役に昇格する。
寅次郎とマドンナ・かがりとは、彼女が人間国宝のもとで働いていた関係で出会うことになる。かがりは、シリーズ中でもっとも暗い正確ながらも、影のある色っぽさで人気の高いマドンナだ。その境遇もかなり訳ありであり、その生い立ちを知るまでもなく、夫に死なれた上に、元恋人に裏切られて失恋したばかりというだけで、同情を禁じえない女性だ。ただ、男にとっては、つけいる隙のある好条件であることは間違いなく、寅次郎がどのようにしてマドンナと関わっていくかが見ものとなる。
寅次郎がかがりと過ごす丹後での一夜が圧巻。かがりの寝姿を盗み見る寅次郎。男と女を意識させるシリーズでも珍しい色っぽい場面だ。だが、いつものように、寅次郎は淡い期待を抱きながらも、かがりから逃げてしまう。その時、かがりも同じ気持ちだったようで、翌朝の彼女の失望したような表情は、観客にとって何かいけないものを覗き見したような気まずさだ。この大人の駆け引は、もはやただの人情喜劇はない。いよいよ、シリーズが次の段階へ踏み込んで行こうとしているかのようだ。
前作と本作あたりを区切りとして、これ以降は、恋に狂うこっけいな寅次郎があまり見られなくなり、恋に苦悩するかわいそうな寅次郎へと変わっていく。つまり、それは、幸か不幸か、寅次郎(および脚本家)が冷静に自身を見つめ出したためである。寅次郎の自己批判としては、かがりに対して失恋について語る場面が印象的だ。また、恋煩いで寝込んでしまうというのも、これまでのように喜劇的でない。病的に青白い顔をした寅次郎が、枕もとに座った満男に、「お前もいずれ恋をするんだなあ。かわいそうに」と呟く場面があるが、奇しくも終盤の満男ストーリーへの伏線となり、非常に感慨深いものがある。
観客が漠然と感じていた寅次郎の癒し効果が、本作ではクローズアップされている。本人曰く「やくざな能無しの男」である寅次郎が、清楚で美人なマドンナと惹かれあうというのは、物語の中でしかありえないことなのかもしれない。しかし、本作においては、男に運の無いかがりの方から寅次郎に惹かれていくというのは、ある程度のリアリティがある。マドンナの方から好意を寄られるのは、第10作『寅次郎夢枕』以来であり、かがりが付け文を寅次郎に渡すという展開も、博に「こういうケースははじめてだなあ」と言わしめるほど。しかし、いつもなら驚くべきこの事件が、ごく自然ななりゆきとして描かれていく。寅次郎とかがりとの関係は、ファンタジーであるリリーとの関係とはまったく異なっている。そのロマンスのリアリティが、本作のいちばんの魅力であるのかもしれない。
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