北海道奥尻島で病死したテキ屋仲間の娘と出会った寅次郎。
東京で働くことを希望する娘の父親代わりを引き受ける。
シリーズ第26作。
男はつらいよ
寅次郎かもめ歌
1980
日本
100分
カラー
<<解説>>
シリーズ26作目は、マドンナが寅次郎にとっての恋愛対象とは違う意味を持った作品。マドンナ役は、アイドルグループ“キャンディーズ”解散後に女優に転進していた伊藤蘭。訛りの強い純情田舎娘を演じる。元アイドル歌手だけあり、団欒シーンでは江差追分を披露。マドンナの元恋人役に、映画デビューまもない村田雄浩が抜擢。彼にとって、はじめて重要な役となる。ゲストとして、神出鬼没の松村達雄が定時制の教師役で登場。物語の発端は北海道の奥尻島だが、その先はほとんど、柴又を舞台に展開する。夢のシーンは、日照り続きの柴又村に寅次郎が救世主として現われ、村を悪代官の手から守るという時代物。
今回のマドンナは、テキヤの仲間の一人娘。東京で仕事を探すという娘が心配になった寅次郎は、彼女を柴又に連れて帰り、面倒を見ようとする。マドンナはとても若く、寅次郎とも親子ほどの年が離れている。第23作『翔んでる寅次郎』のマドンナも若かったが、かろうじて片想いの恋を演じていた。しかし、今回は、マドンナに対して保護者的な立場を明確にし、寅次郎も「父親代わり」であることを一貫して強調する。実際、寅次郎もいい年で、いつまでも恋に狂ってばかりはいられない。本来なら、年頃の娘がいてもおかしくないのだ。本作は、寅次郎とマドンナとの新たな関係性を模索した挑戦的作品と言えそうだ。
本作において、寅次郎とマドンナの間の感情は、擬似親子愛のようなものである。“とらや”の面々も、寅次郎がほれたはれた、などと囁くことはいっさいない。しかし、「父親は往々にして娘のことを恋人のように思っている」ということもあるので、広い意味ではプラトニックな恋愛と言えなくもない。ただ、寅次郎がマドンナに惹かれるものがあったとは言えない。マドンナに肩入れすることになった大きな理由としては、相手が学校を中退しているという点が挙げられる。寅次郎は、中学中退である自分自身と重ねて、マドンナを見ているのだ。だからこそ、寅次郎が、受験をぐずるマドンナを諭す場面は感動的。まさに、「この俺を見よ」といわんばかりの説得力があるのである。
寅次郎と若いマドンナの親子のような関係は、第16作『葛飾立志篇』の桜田淳子登場エピソードや、第7作『奮闘篇』のそれを思い起こさせる。特に後者とは、本作と設定やプロットにもやや似ているところがあり、もしかしたら、リメイク的な意図もあったのかもしれない。物語の顛末は、恋愛の時と同じであるが、重要なのは、マドンナの自立である。マドンナの自立に心を揺れ動く寅次郎自身。このあたりの心情描写は『奮闘篇』とも共通するものがある。しかし、寅次郎もあのころより成長したようで、より複雑な感情を表現してみせる。それは、つまり、娘に対する父親の感情とよく似たところがあるようだ。
本作は、“とらや”の人々に新展開や新事実の発覚があるため、ファンにとっては細かいところまで目が離せない作品である。まず、寅次郎帰宅の場面。ケンカも騒動もなく、すんなりと“とらや”に迎え入れられる寅次郎。その時、彼は、さくらと博が新居を購入したことを知る。家の二階には、満男の部屋に加え、寅次郎の部屋も用意されていた。その事実に感激した寅次郎は、源公から金を強引に借り、祝儀として博に二万円を進呈。当時としては大枚だ。金額を知って驚いた博とさくら。二人は、五千円だけもらってあとは返そうとする。この妹夫婦の失礼な言動に怒った寅次郎は、例のごとく、“とらや”を出ていってしまう。今回は、完全にさくらが悪く、彼女も平謝り。シリーズ中でも、珍しい光景だ。物語の中盤では、寅次郎が中学を中退したいきさつが、本人の口から語られる。芸者の子供だとバカにした校長の頭を殴ったために退学になっそうだ。そんな話を、武勇伝でも語るように、定時制に通う年代さまざまな生徒たちへ披露する寅次郎。しかし、後になって、定時制への入学願書を、さくらに内緒でこっそり提出していたことが発覚する。この時、願書には寅次郎の誕生日が昭和15年11月29日で、年齢が40歳と記入されている。
その他の情報としては、シリーズ後半で寅次郎の相棒として馴染み深い関敬六の“ポンシュウ”が初登場。ただし、正確には、“ポンシュウ”とは呼ばれていない。ちなみに、前々作『寅次郎春の夢』にも“ポンシュウ”は登場しているが、関敬六ではなく小島三児が演じ、キャラクターもまったく別物と思われる。また、本作は、長らく満男を演じていた中村はやとの最後の作品である。中村はやとの名は、第8作『寅次郎恋歌』からクレジットされているが、ついごろから満男を演じていたかは不明。最初期には、中村はやととは別の子役が満男を演じていたため、彼は2代目満男である。ちなみに、3代目は、第9作『柴又慕情』にのみ登場する沖田康裕。4代目は、ご存知、吉岡秀隆。
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