ひょんなことからサーカスに芸人として雇われることになった浮浪者チャーリー。
彼は団員の娘に恋をするが、やかでハンサムなライバルが現われ……。
サーカスを舞台にしたコメディ。
サーカス
(
サーカス
)
THE CIRCUS
1928
アメリカ
71分
モノクロ
サイレント
<<解説>>
『黄金狂時代』と『街の灯』はチャップリンを代表する傑作だが、この二つの作品はあまりに違いすぎる。いったい、この二つの作品の間に何が起こっていたのか。その答えが、二つの傑作に挟まれた長編3作目である本作にあるのかもしれない。狂気と哀愁というチャップリンのエッセンスが上手く溶け合った過渡期ならではの作品であり、その上、切ないロマンスを中心にした物語も親しみやすいので、チャップリンの入門編として相応しい一作と言えるかもしれない。
チャップリンの多くのコメディは、浮浪紳士である主人公チャーリーが、その人物におよそ相応しくない場(しばしば厳粛な場)に登場することにより、巻き起こってしまう騒動を笑いに変えたものである。しかし、本作の物語が舞台がサーカスであるというのはどうだろうか。サーカスというのは、人を驚かせ、時には笑わせる場である。そんなところに、チャーリーを登場させることに意味があるのだろうか。笑いが起こって当然とも言えるサーカスを舞台にコメディをやるというのは、お笑い芸人にとっての“医者と患者コント”くらい禁じ手と言えるかもしれない。しかし、一方では、演者の力量が試される挑戦とも言えそうだ。
そんな消極的な期待があったりもするが、チャップリンはそれを大きく裏切る形で、意外なコメディを披露してくれる。主人公チャーリーのキャラクターは、これまでの作品で描いてきたものを延長したものだ。何をやらせても上手く行かない不器用な男で、これまでに色々な仕事にチャレンジしてきたが、ひとつもうまくいった試しはない。その上、天性のトラブルメーカーで、行く先々で問題や騒動を引き起こすというダメな男なのである。しかし、そんな救いようもない彼も、ついに天職を見つけるのである。それが、サーカスのコメディアン、すなわち、ピエロだ。彼は、トラブルメーカーという弱点を活かし、ハプニングの連続でサーカスの客を笑いの渦に巻き込んで行くのだった。
チャーリーがピエロとして花開くまでのドタバタは、チャップリン映画の中でも随一と言っていいほどに笑える。数多くの短編で培ってきたアイデアのベスト盤といったギャグの応酬で、特に今回は躍動感とスピード感が満点。とにかく、走って飛んで、また走るのである。サーカスのショーが日常に見えるほどに超越した芸を観るにつけて、やはり、チャッブリンの芸は行き着くところまで来てしまったのようだ。だから、あえてサーカスという禁じ手に挑戦したかもしれない。もしそうならば、純粋なドタバタを見せるのが本作で最後になったのも、理解できるのである。
幼児の手にしていた食べ物を横取りしたり、スリが盗んだ財布をネコババしたりといったりなど、チャーリーの行動は初期のようにデタラメ。しかし、ドタバタがこれほどまでに過剰なのは、これから描かれる後半のロマンスへの伏線であり、ニクいほどに効果的なのである。サーカスのプリマに恋をするチャーリー。このまま幸せな日々が続くかと思いきや、イケメンの恋敵が現われる。そして、ここからが物語の本番であり、本作が本当に描きたかったことが明らかになる。まさか、失恋のショックで人を笑わせることが出来なくなったピエロの話だったなんて! チャップリンがなぜ、わざわざサーカスを舞台に選んだ理由は、つまりこういうことだったのである。
笑いをとれないピエロ。なんという人生の矛盾だろうか。一般の観客にとって、劇中で最も共感を呼ぶのは、失恋の辛さだろう。しかし、同時に、“人を笑わせられない”というチャップリンならではの辛さを描いていることは、それだけ、彼の率直な気持ちを作品に現しているとも言えそうだ。チャップリン本人と彼の演じるチェーリーとのシンクロ率が、いつもより高いように感じられるのも、そのせいだろう。また、思い入れの強さを示すかのように、チャップリン自身がいちばん傷つくであろう場面は描かれていない。それは、チャーリーがギャグをスベらす場面だ。チャーリーがスランプに陥っていることは台詞で説明があるが、ショーの場面に差し掛かると必ず暗転になってしまうのである。
チャーリーは苦難を経験した末、ついに、愛しの娘と二人きりになる。彼が意外な決断を下す時、観客は、チャップリンの芸術が一皮向ける瞬間を目撃することになるだろう。本作は、人間のエゴから人生の矛盾へのテーマの転換、つまりは、『黄金狂時代』から『街の灯』への転換が起こっているという意味で、重要な作品と言えそうだ。ラストは、観終わった後もやりきれなさがいつまでも残るという、映画史上類を見ない名シーンとなった。しかし、そこから受ける感情は、“泣ける”というのとは違う。“胸にポッカリ穴が開く”といった表現がぴったりだ。
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