美女への煩悩を振り払おうと修行に出ることにした寅次郎。
だが、その決心も“とらや”で働き出した美しい人妻の登場で消し飛び……。
シリーズ第22作。

男はつらいよ
噂の寅次郎

1978  日本

104分  カラー



<<解説>>

「かさじぞう」をパロった夢から始まる第22作は、寅次郎と“とらや”で働く訳ありの人妻との恋を描く。マドンナに大原麗子。他に、泉ピン子、室田日出男、大滝秀治、志村喬といった多彩なゲストを迎える。
第10作『寅次郎夢枕』や第12作『私の寅さん』などは、パターン崩しで見せた作品だった。だが、それ以降、大きなパターン崩しをやってみせる作品は少なくなってくる。「シリーズも10年目となり、安定期に突入した」と言ってしまえば簡単だ。しかし、その背景には、「男がつらいよ」がファンにとっての故郷のようなシリーズとなり、変わることよりも変わらないことに期待を寄せられることの方が大きくなった、ということがありそうだ。いずれにしても、大きな冒険に挑まないからといって、手を抜いているという訳ではない。いかに変わらずに観客の興味を持続させるか。それが、(製作者側にとって)シリーズの課題となってきたのである。
その難しい課題を解決するために、パターンを大きく崩すのではなく、ちょっとだけ展開を裏切るという手段がしばしば用いられるようになってくる。本作で言えばまず、寅次郎の登場シーン。「ひょっこり“とらや”の店先に現れる」というパターンが定着しているので、不意を突かれる登場の仕方が面白い。同じことが、ダムの上で女性を助けるシーンにも言える。マドンナとの出会いが劇的である場合が多いため、ここで観客は「はやくもマドンナ登場か?」と思う。このちょっとした裏切りがかもし出す“ズッコケ的”おかしみは、まさに、世界観が完成しているからこそであり、また、どちらも全体の構造には影響を与えていない裏切りであるため、大船に乗った気持ちで楽しめるのである。
さて、本作のファンサービスというか、一つの目玉として用意されているのは、第8作『寅次郎恋歌』以来、久々に登場する博の父(志村喬)。そして、シリーズの方向性を決定したとも言える“りんどうの花”の話が、「今昔物語」の一節を借りて再現されるのである。今回、寅次郎が博の父に触発されて挑む課題は、“女性への煩悩を棄てる”といういまだかつてない難しいもの。「そんなことが寅次郎にできるはずがない」という観客の予想通り、“とらや”で働くことになったマドンナ・早苗の登場により、寅次郎の決心はあっけなく挫けるのである。早苗との出会った直後の寅次郎の振る舞いだが、いつにも増してみっともない。早くも「ふられる気満々」といった有様なのである。ところがここでまた、「マドンナからの愛の告白か?」という小さな裏切りが起こり、大いに楽しませてくれる。
ところで、“りんどうの花”の話に関して言うと、博の父が息子のために土地を買っていたことをさくらに打ち明ける場面があるが、その土地のある安曇野というが、まさに“りんどうの花”の話の舞台になった場所。ここで、父が博にどのような人生を送って欲しいと思っているのかが、分かるのである。
物語も後半にさしかかると、離婚問題がテーマとして現れてくる。第15作『寅次郎相合い傘』のリリーも離婚していたが、彼女の背景として触れられただけであったため、離婚問題を明確に扱った作品は本作がはじめてということになる。離婚を前に、はげしく動揺する早苗の女心がとてもせつなく描かれ、「離婚」という二文字の重さを感じさせずにいられない。ところが、寅次郎はというと、そんな早苗の気持ちが組んでやれず、無神経なことを言ってしまうのである。やっぱり女心が分からない寅次郎。しかし、男心にかけては人一倍の理解があるようだ。恋敵と対決するクライマックスは、本作でもっとも秀逸な場面となった。
あまり世間ずれしていない品行方正な人妻を演じた大原麗子は、寅次郎と共通点が無く、相性も良くないが、高嶺の花のマドンナとしてのポイントは高いようだ。本作とあまり変わらない人妻キャラして、第34作『寅次郎真実一路』再登場する。



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