産業革命時代のロンドンを舞台に
飛躍的な技術革新の鍵を握るボールの争奪戦に巻き込まれた
少年の冒険を大スケールで描くアニメーション。

スチームボーイ

STEAMBOY

2004  日本

126分  カラー



<<解説>>

漫画家・大友克洋の長編アニメの監督としては『AKIRA』以来二作目。九年の歳月と巨費をかけて完成させた大作。近未来を描いた前作から一転し、産業革命時代のイギリスが舞台となっている。超高圧蒸気を発生する“スチームボール”の発明者を祖父と父に持つ少年が、ボールを狙う複数の陣営の争いに翻弄されていく様を描くSF冒険活劇である。題名は手塚治虫「鉄腕アトム」の英題からのオマージュだが、同氏の「W3(ワンダースリー)」に登場するビック・ローリーを彷彿とさせる乗り物も登場する。アニメーションとしては監督渾身の作であり、とにかくディテールで圧倒する。産業革命期の蒸気機関のメカニックの緻密な設定と造形の徹底的な描き込み。登場人物の豊かな表情だけでなく、キャラクターに応じた所作にもこだわった人物造形。動画と調和しつつも、確かな存在感で十九世紀のイギリスという世界観を支える超精密な背景。動画に関して言えば、全アニメ映画の最高峰と言っても過言ではない。また、デジタルの作画を初めて大々的に取り入れた長編アニメと知られ、手書きとデジタルを要所で使い分ける方法論は、現在のアニメ制作も引き継がれている。
蒸気機関を基調としたレトロフューチャー的な世界観が特徴的であり、ジャンルでいうとスチームパンクと呼ばれるSFのサブジャンルに分類される。主に産業革命時代あ、るいは、それと同等の科学技術を持つ世界が舞台であり、当時の科学の先端である蒸気機関を限定にして想像力を膨らませて描かれる。“スチームパンク”という名が“サイバーパンク”をもじったものとして得られている通り、ポスト・サイバーパンクとして位置付けられるこもある。人間と科学の融合をテーマにしたSFの極北であるサイバーパンクが、行き着くところまで行き着いたとき、温故知新的に科学の原点に立ち返ったもののひとつがスチームパンクと言えるのかもしれない。1990年に発表されたサイバーパンクの代表作である「ディファレンス・エンジン」も、サイバーパンクの先駆者であるSF作家ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの共作であった。従って、『AKIRA』によって日本のサイバーパンクの旗手とみなされた大友克洋が、スチームパンクを手掛けたのも必然と言えよう。
かくして、『AKIRA』の二十一世紀の東京オリンピックから、十九世紀のロンドン万国博覧会へと舞台は移ったのではあるが、科学の限界を超えた巨大な力を巡る争いを描いている点は『AKIRA』と同じである。前作にあたる『メモリーズ』内の短篇「大砲の街」では、巨大な大砲に傅く国民を滑稽に描いていた。大砲は権力のアナロジーであったが、権力も同じ科学と同じく“力”という意味では、三作続けて共通のものを描いていると言える。『AKIRA』における力は象徴的で、劇中でも正体不明のままであり、様々な解釈の余地を残すものであった。本作の物語の中心となる力、超高圧力蒸気を生み出すボールは、超能力のような不可思議なものではなく、SF的な考証はともかくとして、正体は明瞭である。夢のエネルギーとされるそれは、とりもなおさず原子力のアナロジーである(ボールを設置する中央動力室も原子炉の模式図を思わせる)。テーマもはっきりしており「科学は人を幸福にするか」というという問いが繰り返される。しかし、それはSFの黎明から再三にわたって問われてきたテーマであるだけに、本作から得られる新しい気付きはない。そのあたりが『AKIRA』のような過激な刺激を求めていた観客には物足りなかったようで、サイバーパンクのその先として科学の原点を見せたかった監督の意図も理解されず、興行的には不振に終わった。
プロットは典型的な巻き込まれ型である。主人公は巻き込まれ役であるために、その行動には目的がないし、主体性も薄い。次々と立ちふさがる目の前の困難を乗り越えるだけであるが、それが物語の原動力になっている。彼は前作のような不良少年ではなく、非常に優秀で真面目な性格である。狡猾な大人たちのとの対比のための性格設定であるが、キャラクターとして魅力的かというと疑問である。無目的な上に出来過ぎている主人公には感情移入し難いため、我々としては文字通り観客として少年の活躍を見守るというかっこうになる。そんな主人公の周りは大人ばかりである。マンチェスター編は導入部だから除外すると、子どもはヒロインのお嬢様ただ一人である。大人たちは目的の異なる三つの陣営に分かれている。父とそれを雇っているオハラ財団。財団に雇われているが父と財団と袂を分つ祖父。オハラ財団に自衛のためと称して敵対しているイギリス海軍。これら三者のスチームボールをめぐる醜い争いを、毒とユーモアで描いているところはひとつの見どころである。大人の醜さにた対して、主人公とヒロインの無垢である。無垢であるがゆえに信念がなく染まりやすい。大人たちのする小難しい話をあまり理解している様子もないまま、三つの陣営の間をフラフラし続ける様は、観ていてフラストレーションを受けるとこかもしれない。キャラクターの薄い主人公を除くと、他は非常に個性的である。たが、何を考えているのか分からない人物ばかりなので、結局、誰にも感情移入は難しい。登場人物の誰も彼もが相手の話をまるで聞いていないというのが、脚本の奇妙な特徴である。互いに持論を闘わせはするが、会話がほとんどなりたっていないのである。これは脚本の欠陥というより、監督流のユーモアと捉えたい。登場人物のそろいもそろった身勝手さが、後半のカオス的ドタバタへと膨らんでいくのであるから。ついには、城がロンドンの街を傍若無人に破壊しながら歩いていくというのは、物語の到達する最大のギャグであったはず。だが、始終シリアスな雰囲気と壮大な音楽のせいで、笑い辛いのが惜しいところである。



<<ストーリー>>

1863年。ヨーロッパを中心に、蒸気機関を原動力とした産業の機械化が目覚ましかった。発明家のロイド・スチム博士とその息子のエドワード博士は、蒸気機関の効率を飛躍的に上げるため、高圧力の蒸気を作り出す鉱水をアラスカで採掘していた。だが、ロイドが発明の完成を逸るあまり実験中に事故を起こし、高圧の蒸気を浴びたエドワードは全身に凍傷を負ってしまった。
1866年。マンチェスター。エドワード博士の息子、ジェームス・レイは発明好きの天才少年であり、縫製工場の最新式エンジンの整備を手伝うほどエンジニアとしての腕は高く評価されていた。だが、近所の悪ガキからは尊敬する父と祖父のことを変人扱されるので、レイは面白くなかった。
ある日、母と暮らす家に祖父ロイドから小包が届いた。中身は金属製の奇妙なボールで、図面とロイドからの手紙が付されていた。その直後、二人の怪しげな男たちが訪ねてきた。ロイドとエドワードが研究を行っているオハラ財団の者で、アルフッドとジェイソンと名乗るが、手紙には「ボールを財団に渡すな」と書かれていたため、レイは二人を警戒した。男たちから一歩遅れて現れたロイドは、スチーブンスンのところに行くよう、レイに命じた。彼はボールがロンドンに送られることを恐れていた。
ボールを持って家を飛び出したレイは、試運転もまだ行っていない発明品のホイールバイクで男たちから逃走。オハラ財団の手の者であるウォーリーの操る自走蒸気機関“ジャイアント・デイピア”に追いつめられ、蒸気機関車にひかれそうににるが、乗客の青年デイビッドに助けられた。デイビッドの同伴者はレイの探していたロバート・スチーブンスンであり、父の共同研究者だという。彼は詳しくは話せないというが、この発明に国の重大の秘密が関わっているらしい。安心したのもつかの間、ビクトリア駅に到着する直前に列車がオハラ財団の飛行船に襲われ、レイはボールもろとも網で捕獲されてしまった。
どこかの邸に軟禁されたレイは、同じ年頃の小生意気な少女と、卑屈な中年男と会食することになった。少女はオハラ財団の創設者チャールズ・オハラ・セント・ジェームスの孫娘、スカーレット。中年男は財団統括者アーチボルト・サイモンだった。食事の席には、もう一人、頭の左側と左腕がプロテクターで覆われた異様な姿の男が加わった。それはロイドから死んだと聞かされていた父エドワードだった。久々の親子の対面だったが、エドワードは自分の「仕事を見てほしい」と言うと、レイとスカーレットを伴ってエレベーターで邸の上へと向った。そこは彼が“スチーム城”と呼ぶ途方もなく巨大な機械だった。連れ去られてからはじめて外の景色を見ることができたレイは、眼下に万国博の会場があるのを見て、自分がロンドンに連れてこられたことを知るのだった。
エドワードは、高圧力を作り出す純度の高い安定した液体を探し求め、ついに、三年前にアイスランドの洞くつで発見したのだという。そして完成したのが、ロイドがマンチェスターに送った件の“スチームボール”だった。ボールは計三個あり、それだけで巨大な城のすべての動力を賄うことができる。蒸気機関の欠点は巨大なボイラーやシリンダーがエネルギーのロスになることだったが、それらが不要なスチームボールはエネルギーのロスはとは無縁なのだと、エドワード言う。そして、彼はさらに力説した――科学の力は人々を労働から解放し、災害にさえ立ち向かうことができる。この力をあまねく世界に届けるのだ。世界が待ち望むスチーム城の完成は目前に迫っている――こうして、レイは父の彼の仕事に手伝うことになった。
その頃、ロバートもロンドンに来ていた。彼はイギリス海軍の元帥と会い、オハラ財団に警戒すべきであると進言していた。財団はアメリカ南北戦争で両軍に新式の武器を売りつけて荒稼ぎをした武器商人の顔があり、博覧会の裏で武器売買が行われる恐れがあったのだ。
博覧会前夜、城の中に囚われていたロイドが牢を破って逃亡したという報せが城の中を駆け巡った。城の完成の妨害のため、中央動力室のバルブを緩めていたロイドをレイは発見。ロイドはスチーム城を「悪魔の発明だ」と呼び、「理念も哲学もない発明は破滅をもたらすだけ」と切って捨てた。エドワードが密かに開発している兵器をロイドから見せられたレイは、何が正しいのか分からなくなり、父が騙されているのではないかとも考えた。そこにレイの様子を見にエドワードが現れ、ロイドと科学に対する見解を巡り言い争いになった。科学は宇宙の真理を解き明かすものだとするロイド。科学は進歩に寄与しなければならいとするエドワード。兵器もその一つであるというのがエドワードの考えだった。彼にとって科学は力であり、その究極がスチーム城なのであった。
ロイドとエドワードが論争に夢中になっていたとき、アルフレッドがサイモンに命じられて発砲した。弾はロイドの足をかすめた。レイは、歩けなくなったロイドから、三個のスチームボールのうちの一つのを託された。レイはジェイソン名に追い詰められると、ボールを抱えながら決死の大ジャンプで城の外へ脱出。テムズ川へ飛び込んだレイは、再びデイビッドに助られるのだった。
、レイはロバートらと一緒に海軍の巡視船の上にいた。ここからは、博覧会のオハラ財団のパビリオンが見渡せ、勢ぞろいした各国軍事顧問がの中へ入っていくのが確認できた。レイは、財団がスチーム城の中に兵器を使って博覧会をつぶそうとしている、とロバートに警告。そして、ボールを渡す前に「科学は何のためにあるのか」とロバートに尋ねた。ロバートは「人の幸せのためにある」と答え、レイを安心させた。だが、ロバートはそのあとこう続けた――だが、そのためにはまずは礎となる国家を守らなければならない……。