あれから30年。ゴジラが再び東京に迫った!
日本政府は米ソを巻き込みゴジラ対策に乗り出す。
シリーズ第16作。
コジラ
1984
日本
103分
カラー
<<解説>>
ゴジラ誕生30周年紀念として、75年の『メカゴジラの逆襲』以来9年振りに製作された作品。平成ゴジラ・シリーズの第1作であり、本シリーズは『ゴジラvsデストロイア』まで計7作まで製作された。監督は、『さよならジュピター』の橋本幸治。特監は、第11作『ゴジラ対ヘドラ』以降を手掛けてきた中野昭慶。キャストは、首相に小林桂樹、ゴジラ研究の科学者に夏木陽介、ゴジラを追う記者訳に田中健。ヒロイン役の沢口靖子は『刑事物語3』でデビューしたばかりだが、その関係で、武田鉄矢が沢口を助ける浮浪者で特出。
ゴジラ襲撃という災害に人類がどのように対抗していくかをテーマとし、事件の中心にいる政府、科学者、新聞記者たちを多角的に描いたシミュレーションSF群像ドラマ。物語は第一作目に直接的につながっていて、本作の世界では、あれ以来ゴジラは現れていないことになっている。ゴジラが現れるという事件は、第一作と同じであるが、30年という年月の経過がまるで異なるストーリーを語るところが本作の見どころ。
戦争の記憶が生々しかった30年代の東京と、経済発展の頂点を極めたバブル期の東京とではもやは別世界。変わったのは日本だけではなく、世界情勢も変化し、複雑化した。冷戦構造が軍拡競争に拍車をかけ、第一作が警告したような核の危機が絵空事ではなくなっているのである。そんな現実世界にゴジラが現れたらどうなるか。自国の危機を前にして、両大国の顔色をうかがう日本政府。ゴジラという「核」を核兵器で征しようと企む大国。国際社会における日本の立場や、世界のパワーバランスを踏まえつつ、国内外の反応を風刺や皮肉を交えながら描いていく。
『ゴジラ』と題されているが、本作の主役は人間である。事件に対する人間たちの反応やゴジラ対策がストーリーの中心であり、ゴジラの活躍(?)は控えめ。この点は第一作に回帰したと言えるかもしれないが、第一作ではことごとく失敗したゴジラ対策が、本作ではある程度が功を制してしまうため、その分、怪獣パニック映画のカタルシスは低い。第一作はゴジラの強大過ぎる力を描くことで、人間の思い上がりに対して警告した。本作が描いたのは、まさにその「ゴジラを制御できるのでは」という思い上がりだったのだろうか。避難が済んで人気のなくなったビル街を、手持無沙汰げにうろつくゴジラは異様であるが、その現実感のなさが寧ろ、危機管理意識の低い現代の日本のリアリティなのかもしれない。
<<ストーリー>>
伊豆諸島南端にある大黒島で、漁船の第五八幡丸が嵐の中、正体不明の巨大な影に襲われた。嵐が去った後、付近をヨットで航行していた東都日報の大島駐在記者・牧は、第五八幡丸を見つけ船内を探索。ミイラのように干からびて死んでいる船員たちを見た時、牧は巨大なフナムシに襲われるが、ただ一人の生存者の学生・奥村に助けられた。大島に戻った牧は、事件の詳細を本社デスクに連絡した。
内閣調査室長・辺見は、生物物理研究所の林田博士に事件の調査を依頼した。林田は、奥村の目撃証言やその状況から、三十年前に東京を破壊した怪獣ゴジラが現れたと断定した。あの巨大なフナムシは、ゴジラの放射能によって変異したことに間違いなかった。内閣総理大臣・三田村と官房長官・武上は、国民のパニックを恐れ、緘口令を敷いた。
記事の掲載が禁止されたことに怒りを露わにした牧は、編集局長から事情を説明されるとともに、林田博士を紹介された。林田と会った牧は、研究所で助手として働く奥村の妹・尚子と出会った。妹にまで奥村の安否を秘密にしている政府のやり方に憤りを抱いた牧は、尚子に奥村が警察病院に軟禁されていることを教えた。尚子は牧に好意を持つが、兄との再会を果したとき、結局スプークが目当てだったことに気づかされ、失望したのだった。
その頃、ソ連のミサイル原子力艦がゴジラに襲撃される事件が起こっていた。ソ連は、アメリカによる攻撃だと主張し、二国間の緊張が高まった。止むを得ず三田村は緘口令を解除し、国民にゴジラの存在を公表した。すぐさま設置された非常緊急対策本部は、ゴジラを撃滅の手段の討議を行い、首都防衛のため極秘で開発されていた戦闘機スーパーXを投入し、ゴジラのエネルギーである核をカドミウム弾で中和させる作戦が決定された。
濃霧の朝、静岡の井原原発にゴジラが現れた。現場に急行した牧は、ゴジラが原子炉からエネルギーを吸い取った後、渡り鳥につられるように再び海の中に去っていくのを見た。牧から報告を受けた林田は、ゴジラには帰巣本能があり、その磁性体が渡り鳥にに引かれたという仮説を立てた。仮説が正しければ、超音波でゴジラを三原山の火口まで導き、人工的に起こした噴火で葬ることも可能である。だが、ゴジラを敵としてではなく、“滅びへの警告”と捕らえている林田は、ゴジラを殺すのではなく、故郷に帰してやるのだと考えていた……。