山形の親戚に家に向かったOLの心に去来する小学五年生の頃の思い出。
小学生時代のエピソードと、田舎で農作業に明け暮れる日々を
ノスタルジックに描いたアニメーション。

おもひでぽろぽろ

1988  日本

118分  カラー



<<解説>>

高畑勲監督の『火垂るの墓』に続く長編アニメーション。岡本螢・作、刀根夕子・画の漫画を原作としている。主演には職業声優ではなく、歌手・女優の今井美樹と俳優の柳葉敏郎を起用。
主人公は27歳のOL。子供のころから田舎に憧れていた彼女は、山形の親戚に農作業の手伝いをしに行くことになったのをきっかけに、小学五年生の頃のことをありありと思いだしていく。女性として成熟し、仕事や結婚という人生の岐路に立たされた自分をサナギの季節に見立て、その通過儀礼として自然への回帰を求める主人公。そんな彼女に、思春期という第一のサナギの季節にあった子供時代の自分が思い出という形を借りて語りかけてくる、自問自答の物語。
心象風景を映像したり、現在と過去の場面を重ね合わせたりと幻想的な演出を多用。その一方で、プレスコの手法を用いて俳優の表情までも動画に反映したり、背景も現実に存在する風景を意識した精密な作画を行ったりと、リアリズムに拘っている。思い出の場面でも、当時のテレビ番組を再現したり、当時の歌謡曲の音源を挿入歌として全編に散りばめたりと徹底的である。
小学生現代は1966年(昭和41年)が舞台で、現代の場面は1982年が舞台。作品の公開が1988年であるから、当時三十代前半の観客がターゲットであろうか。小学生時代のエピソードは、時代を超えて共感できるところがあるが、やはり、その当時を体験した人間でしかわからない、モヤっとした空気も描かれているように思われる。現代の山形の場面にしても、Iターンや田舎暮らしブームのはしりとして見れば共感できるが、バブル直前(公開時は絶頂期)における意味はまったく違うはずでる。これも当時を生きた人間でなければ正しい理解は難しそうで、なんとも歯がゆい。
内容が文学的で難解で、子供向けとは言えないが、自分と重ね合わせやすい青春ドラマとして人気が高い作品である。2010年にはミュージカル化された(ジブリ作品の舞台化は初)。



<<ストーリー>>

27歳の独身OL・岡島タエ子は、十日間の有給を山形に過ごすことにした。親の代から東京生まれ東京育ちのタエ子のとって、田舎は子供のころからの憧れだった。そして、大人になった今、ようやくその夢を果たせるようになった。山形は姉ナナ子の夫のミツオの実家(本家)で、そこに手伝いに行くのは今年で二回目である。去年は稲刈りを手伝った。今年は紅花を摘む予定だ。自分に田舎を与えてくれたナナ子は、おしゃれなペンションでの“おいしい生活”より、田舎に拘るタエ子のことを「物好き」と言って笑った。
出発前夜、ベッドに入ったタエ子は、なぜか突然、十歳の頃のことを思い出していた。昭和41年当時、タエ子は両親と祖母、それに二人の姉と暮らしていた。上の姉のナナ子は大学生一年生。下の姉のヤエ子は高二年生。二人には青春があっただろうが、まだ小学校五年生だったタエ子は、学校と家の往復の日々。夏休みに熱海に旅行に行ったものの、お風呂に入り過ぎてのぼせてしまったこと。生まれて初めて食べたパイナップルが硬くておいしくなかったこと。大根と人参と玉ねぎがきらいで、給食に出たときはいつも残していたが、学級会で「給食を残してはいけない」と決まってしまったこと。そんな、思い出ともつかぬことが次々と蘇ってきた。それらの些細な記憶はタエ子をの頭を占領し、現実の彼女を圧倒した。小学五年生の自分は、山形行きの夜行にもついてきた。
ある日、タエ子の五組の教室に四組の女子がやってきて、四組の広田秀二がタエ子のことを好きだと言っていると告げてきた。落書きだらけスケベ横丁に確認に行ったタエ子は、そこに自分と広田君の相合傘を見つけた。タエ子は広田君のことを意識するようになり、クラス対抗の野球の試合でエースの広田君の快投を目の当たりにし、緊張のあまり五回もトイレに行ってしまうほどに。試合が終わると、タエ子は広田君を避けるようにそそくさと帰るが、行く手に広田君が待ち伏せていた。「雨の日と、曇りの日と、晴れと、どれが一番好き」と広田君。タエ子が「曇り」と答えると、広田君は「おんなじだ」と満足そうに言って去って行った。タエ子は天にも昇るような気持ちになったのだった。
またある日、体育館に女子だけ集められ、これから迎える生理のことについて説明を受けた。タエ子は生理のことを知らなかったが、太り気味の友達のリエちゃんはお母さんから聞かされていたという。男子の間で、女子が保健室でパンツ買っていることが噂になり、中山君に問い詰められたリエちゃんは、生理のことを話してしまった。その話が瞬く間に男子に広まり、女子はことあることに生理のことでからかわれることに。タエ子はリエちゃんから、生理のときは体育を休まなければならないことを教えられる。また、そのことも中山君に話してしまったという。タエ子は、体育休むんだら生理と思われてしまうことを怖れた。まもなく夏風邪をひいて、リエちゃんと一緒に体育を見学することになってしまったタエ子は、案の定、「生理がうつる」と男子にはやしし立てられるのだった。
蝶になるにはサナギにならなければならない。たとえ、サナギになんてなりたくないと思っていても。小学五年生の自分をしきりに思い出すのは、自分に再びサナギの季節が巡ってきたのではないかと、タエ子は思った。大人になって就職し、自分はもう蝶になったつもりでいたが、ただ懸命に羽を動かしていただけだったのかもしれない。
朝まだきの山形に夜行が到着した。駅の改札を出たタエ子は、手荷物を青年に取り上げられ、ひったくりと勘違いするが、ミツオの兄カズオの代わりに迎えに来た、カズオの又従兄弟のトシオだった。紅花畑へ車で送ってくれる間、トシオは彼が入れ込んでいる有機農業の素晴らしさを熱く語ってくれた。だが、そなん彼も、実は脱サラして農業の世界に飛び込んだばかりの駆け出しだった。紅花畑に着くと、タエ子はさっそく、もんぺ、前掛け、長靴に着替えて、花摘みの手伝いに精を出した。あっという間に一日一日が経ち過ぎてゆき、心地よく疲れたタエ子は、紅花を摘みながらも一生のうちで一度も紅をさすことがなかったという昔の花摘み娘の身の上に思いをはせた……。