渋滞のイライラを発端とし、男は次第に狂い始めていく。
平凡な男の怒りの暴走を描くクライム・スリラー。

フォーリング・ダウン

FALLING DOWN

1993  アメリカ

113分  カラー



<<解説>>

『セント・エルモス・ファイアー』のヒットで知られるジョエル・シュマッカーが監督、マイケル・ダグラスとロバート・デュヴァルの豪華共演による、まったく新しい犯罪映画。格差社会を背景に、リストラと離婚と借金苦に堕ちた主人公が、仕事や日常の中で積み重なったストレスから転じたやり場のない憤りを爆発させていく様を描く。設定だけはコメディのようであり、日本でいえば『バカヤロー!』シリーズみたいな展開もありえなくもないが、そこは、銃社会アメリカ。主人公が銃を偶然手にしたことにより、ひとりの男の暴走が恐るべき事件へと発展していく。
角刈り頭に眼鏡のマイケル・ダグラスが、いかにも神経質で理屈っぽそうな主人公Dフェンスに扮する。反射率の高いレンズで目元の表情を隠し、微笑を伴った慇懃かつ冷静な態度で暴虐の限りを尽くす芝居は戦慄もの。一方、Dフェンスを追う刑事に扮するロバート・デュヴァルは、常に柔和な雰囲気をたたえ、人間が出来ているような印象を与えるな男である。だが、その実、娘の死、情緒不安定な妻、上司や同僚からの嫌味などのストレスをため込んでいる。怒りを爆発させる男とそれを抑えてきた男。表裏一体かもしれない二人を対比することで、ストレス過多の現代社会で生きることの困難さを伝える。
公開当時は、作品自体の過激さに加え、主人公にシンパシ―を感じているアメリカ人が少なからずいるらしいとの噂に、まさかと思ったものであるが、公開から二十年近く経ち、日本も当時のアメリカ並みの格差社会、ストレス社会となった今観てみると、また違った種類の恐ろしさが感じられる作品である。それは、当時の感覚としては、本作で描かれるのは、サイコパスが身勝手に巻き起こした騒動としてみるのが普通だったと思われるが、現在では、平凡な男にふりかかった悲劇とする見方もありうるのではないだろうかいう点である。今や日常的となった通り魔事件の報道を見聞きし、犯人を非難してはみても、それが自分とはまったく関係のないものと考える人は少ないだろう。人間とて形あるもの。負荷が加わり続ければ、橋のようにいつかは崩壊する。複雑化する社会の中でそれを身をもって感じている現代人は、自分の生活が危うさの上に成り立っていることを、そして、それを踏み抜かないようにすることを無意識的に意識しているはずである。
本作を語る上でよく引き合いに出される作品に『タクシードライバー』であるが、この作品の主人公トラヴィスとDフェンスは似て非なるものである。トラヴィスはアンチヒーローとして映画ファンの間でカリスマ化されているが、Dフェンスをアンチヒーローに迎えるには抵抗があるし、ましてや、反逆の徒としてのイメージもない。それは、過激さを抑えるためにユーモアを用いているが、カリカチュアライズされていないためではないだろうか。冷静に狂っていくが、最後の最後まで、本当には狂いきれていないところに、映画的な演出を超えた本当の恐ろしさがある。従って、Dフェンスが周囲の不平、不満、愚痴を代弁するように銃をぶっ放す場面でさえ、素直には痛快だとは思えず、現実の事件を見聞きするような居心地の悪さがある。このようなリアルさを見るつけ、自らを戒める気持ちを禁じ得ないが、とは言え、あまりストレスについて考え過ぎるのもよろしくはないだろう。とにかく映画的にも面白い作品なので、「主人公みたない銃をぶっばなしてスカッとしたいぜ!」ぐらいの軽い気持ちで観るのが健康的なのかもしれない。



<<ストーリー>>

うだるような暑さの夏の朝。ロサンゼルスのハイウェイでは道路工事による交通渋滞が発生し、渋滞に巻き込まれた誰も彼もが、少しも前進しない車の中で苛立ちを募らせていた。“Dフェンス”と書かれたナンバープレートの車に乗った白シャツの男ウィリアムは、きかないクーラー、壊れて開かないウインドウ、まとわりついてくる蠅、周囲に飛び交う怒声に、ついに我慢が出来なくなった。車から降りたウィリアムは、それを注意してきた後ろの車の男に「家に帰る」と叫ぶと、車を放置したままその場から立ち去った。
強盗課の刑事プレンダーガストは、幼くして娘が死んでから精神的に不安定になっている妻のアマンダのため、警察をリタイアし、ロンドン橋のあるアリゾナ州レイクハバスへ引っ越しをする予定。そして、今日が警察勤務の最後の日だった。渋滞に巻き込まれていた彼は、白バイがやってきたのを目にすると、車を降りて後を追った。渋滞の列の先の方で乗り捨てられた“Dフェンス”のナンバープレートの車が渋滞に拍車をかけていたのだ。プレンダーガストは他のドライバーと協力して、車をを路肩に押しやった。
ウィリアムは、離婚した妻のエレザベスの家に電話をかけた。今日は娘のアデルの誕生日であったため、どうしても会いに行きたかったのだが、言葉が出ず、無言で電話を切った。電話を掛け直すための小銭がなかたため、ウィリアムは近くの商店に入り両替を頼むが、中国人の店員に拒否された。仕方なくコーラをひと缶買うことにしたが、要求されたのは85セントであり、釣りが電話代に届かない。しかも、店員の英語の発音が悪く、態度が横柄だったことも、ウィリアムを苛立たせた。「我々がお前らの国にどれだけ金をつぎ込んでいると思っているんだ」と思わず口にするウィリアム。そのまま店に居座ろうとするような彼の勢いに恐れをなした店員は、防犯用の野球バットを手に取った。強盗と勘違いされたことに慌てたウィリアムは、店員ともみ合いバットを取り上げるが、怒りは収まらなかった。ウィリアムは、商品が高すぎると叫びながら、バットで陳列棚を次々と壊していった。そして、店員にコーラを50セントにまけさせると、代金を払って去って行ったのだった。
“天使の丘”と呼ばれる丘陵地で休憩していたウィリアムは、ここを縄張りとすチンピラ二人に絡まれた。無用なトラブルを避けたいウィリアムは、チンピラに丁重に謝罪して丘から離れようとした。だが、チンピラたちは通行料としてウィリアムの持っていた鞄を要求してきた。「今朝から不愉快なことばかりで機嫌が悪いんだ」と拒否するウィリアムに、チンピラの一人がバタフライナイフで威嚇をした。ウィリアムは、鞄を渡すに見せかけ、バットでチンピラを叩きのめすと、逃げる彼らに「俺は家に帰る。たれにも邪魔させるものか」と叫んだのだった。
プレンダーガストはアマンダのために現場から退き、最近はもっぱらデスクワーク中心だった。彼は、署長や同僚に現場から逃げていると思われいることも知っていたが、反駁もせず我慢をしていた。出勤したプレンダーガストは、中国人店員のリーから強盗事件の通報を受けて、書類を作っていたが、よくよく話を聞いてみると、どうも強盗事件ではないようだった。白人で白シャツにネクタイの犯人は、金や商品を盗ってはいかなかったいう。バットを奪ったが、コーラの代金はちゃんと払ったという奇妙な犯人に、プレンダーガストは興味をひかれた。
ウィリアムは公衆電話から電話をかけ直した。ようやくエレザベスに話しかけることができたウィリアムは、アデルのプレゼントを持って家に向かうことを告げた。エリザベスに激しく拒絶されても、ウィリアムの決意は変わらなかった。その頃、チンピラたちは、天使の丘の一件の復讐のため、ガールフレンドたちと一緒に、白シャツの男を血眼になって探していた。チンピラたちは、公衆電話の前にいたウィリアムを発見すると、彼の方に向けて車中からマシンガンを乱射。銃弾はウィリアムには命中せず、代わりに彼の周囲にいた人々を次々と倒していった。チンピラたちの車は、路上駐車していた別の車に追突して大破。ウィリアムは、チンピラたちの射撃の腕の悪さを笑うと、重傷を負って動けなくくなったチンピラのひとりの手から取り上げたマシンガンで彼の足を撃った。そして、大量の銃の詰まったスポーツバックをおもむろに掴むと、その場から去って行った。
プレンダーガストの署に、乱射事件の犯人一味の一人の少女が連行されてきた。少女はボーイフレンドであるチンピラが白人の男に撃たれたと主張していたが、尋問担当の刑事はそれを信用していないようだった。別室で尋問を聞いていたプレンダーガストは、その白人の男は天使の丘でも仲間を殴り、その凶器はバットだったという話に思わず身を乗り出した。天使の丘は、今朝の強盗未遂事件のあった店と、乱射事件現場の中間に位置していたからだ。
次にウィリアムが向かったのは、ハンバーバーガーショップだった。まだ朝食をとっていなかったウィリアムは、店員に朝食メニューを注文しようとしたが、朝食メニューは終了していて、今はランチメニューの時間だと言われ、拒否されてしまった。時計を見ると、朝食メニューの終了時刻から3分しか過ぎていなかった。店長と話をつけようとするも、「残念ですが」を繰り返すばかりで埒があかなかった。苛立ちが頂点に達したウィリアムは、スポーツバックからマシンガンを出し、朝食メニューを要求。店内は騒然となり逃げだす客もいたが、ウィリアムは脅かすつもりはなかったと皆に謝り、席に戻って食事を続けるように頼んだ。ウィリアムの要求が通り、朝食メニューが提供されることになったが、その頃には気が変わり、結局、彼はランチメニューを注文し直したのだった。
プレンダーガストが、かつての仕事のパートナーのサンドラに退職の報告がてら、一緒にランチをとっている最中、サンドラの現在のパートナーが割り込んできた。事件発生の連絡だった。ハンバーバーガーショップで男がマシンガンで店員を脅すも、ちゃんと金を払ってランチを食べたのだという。プレンダーガストは、現場に向かうことになったサンドラに、犯人の服装を確認してくれるよう依頼。サンドラの報告から、やはり犯人は白シャツであり、彼がチンピラたちからから奪った銃入りのスポーツバックを持ち歩いていることが新たに分かった……。