都会で挫折して田舎に引き上げたことを期に、
偶然から納棺師として働くことになった男の奮闘を描く。
おくりびと
2008
日本
130分
カラー
<<解説>>
遺体に化粧などを施して整え、棺に納めるという職業・納棺師の姿を通し、日本人の生死観をユーモアを交えながら描いた異色の内容で、アカデミー外国語映画賞をはじめ、国内外の賞を総なめにした話題作。監督は、80年代よりコンスタントに話題作を世に送り出している滝田洋二郎。主演は本木雅弘。共演は山崎努、広末涼子他。脚本は、放送作家で知られる小山薫堂が担当。
葬儀というのは、この世に生を受けたほぼすべての人が主役として参加する催しであるが、それを題材にした映画はほとんど見あたらない。その理由は、葬儀というものが、映画の娯楽性から、もっとも遠いところにあるからであろう。葬儀自体が題材されることはまずない。葬儀が出てくる映画として、誰もが挙げるであろう伊丹十三『お葬式』も、葬儀よりもそこに集まる参列者のどろどろとした人間ドラマにメインである。しかし、本作は、葬儀そのものを題材にし、さらに日の当たらない、納棺師という職業にスポットを当てている。ある意味、センセーショナルな作品である。
もともとは、主演の本木が青木新門の「納棺夫日記」を読んで感銘を受けたことからスタートした企画である。しかし、青木の宗教観・生死観が脚本に反映されていなかったという理由で、彼は原作者という立場から身を引き、「納棺夫日記」とは別の作品として製作された。宗教性が排されたことにより、青木の意図していた思想は薄れてしまったようだが、信ずる宗教問わず、無宗教者でも、無神論者でもとっつきやすい内容に仕上がっている。宗教を超えて日本人が共通して持つ生死観と、宗教性を超えた儀式に対する美意識を伝えることに成功し、国内ならず海外の観客も共感を与えることになった。
前者の生死観に関しては、食事のシーンで繰り返される、山崎努扮する社長の「うまいんだな。困ったことに」という言葉によって端的に現れているようである。それは、言い訳にも聞こえてしまうが、食されるために命が捧げられた生き物に対する一種の畏敬の表明である。生命を与え給うた神仏よりも、まず第一に個々の生命を尊う生死観が、遺体を整えるという儀式につながってくるのであろう。後者の美意識に関しては、本木や山崎の儀式の際の仕草に直接的に表わされている。見を奪われるのは、プロフェッショナルとしての手際の良さにだけでない。ときに官能的にも見える手つきにはっとさせられる。
日本人として、その生死観に改めて気付かされる得難い作品だが、難を言えば、エピソードと人物を都合よく転がした脚本が、お話として出来上がり過ぎており、リアリティのなさや安っぽさが否めないところだろうか。このような死を題材にした深刻な内容の場合、やはりどうしても説得力が欲しいところである。よくある手法としては、ドキュメンタリー・タッチにし、迫真性で押し切り、後は観客にゆだねてしまうということがある。しかし、安易にそうせずに、親子の絆という明快な着地点を与えることで、ちゃんと物語として完結させる。意味ありげなふりをして、観客に煙に巻いてしまうよりは大分ましであり、そこは評価すべきところかもしれない。
<<ストーリー>>
子供の頃からのチェロを弾いてきた小林大悟は、東京でオーケストラ奏者になる夢を叶えたが、ある日突然、楽団のオーナーから解散を言い渡され、失職してしまった。チェロ購入のためにした1800万の借金は、妻の美香のウェブデザイナーの仕事だけでは返せそうになく、大悟はチェロを辞めて、田舎の山形に帰ることを決意。チェロを売ると、不思議と肩の荷が下りたように思え、大悟はチェロ奏者が本当の夢ではなかったことに気付くのだった。
小林夫婦は、大悟の亡き母が遺してくれたスナックで暮らし始めた。スナックはもともと父が喫茶店をやるために建てたものだが、その父は、大悟が子供の頃に、愛人を作って家を出て行ったのだった。早速、仕事探しを始めた大悟は、新聞の求人欄に気になる募集を見つけた。「旅のお手伝い」という旅行代理店を思わせる仕事内容と、正社員採用・未経験者歓迎という文言にひかれたのだ。
大悟は広告を出したNKエージェントという会社を訪ねた。そこは、社長と女子事務員の二人だけの小さな会社だった。大悟を面接した社長の佐々木は、持参された履歴書に目もくれず、大悟の意欲だけ確認すると、即採用すると告げ、五十万の初給を提示した。そんな高給は願ってもいなかった大悟だったが、まだどんな仕事なのかまだいまいち分かっていなかった。大悟から尋ねられた佐々木は、一言「納棺」と答えた。
つまり、「旅のお手伝い」ではなく、「旅“立ち”のお手伝い」であり、NK=NOUKAN(納棺)なのであった。戸惑う大悟だったが、「向かなければ辞めていい」という佐々木の言葉におされて、とりあえず入社することになった。帰宅した大悟は、美香に仕事の内容を訊かれても、納棺の仕事とは言い出せず、「冠婚葬祭関係」と、あいまいに答えるのだった。
翌日、NKエージェントに出勤した大悟は、事務員の百合子から仕事に向かうよう指示された。渡されたメモの住所は古い映画館であり、仕事というのは、その中で撮影されていた納棺の儀のハウ・トゥ・ビデオの遺体役だった。
納棺師としての初仕事は、ある日突然やってきた。それは、孤独死をした老人の遺体の運び出しだった。初仕事としては刺激の強すぎた仕事にショックを受け、早退した大悟は、体を清めるために、子供の頃によく来ていた銭湯“鶴の湯”に寄った。そこで、大悟は、鶴の湯が実家の幼なじみで役所に勤めている山下と再会をした。山下は、父の死後一人で鶴の湯をきりもりいる母・ツヤ子と、土地の売却をめぐってもめているようだった。
その夜、大悟は、納棺の仕事を続けることへの不安から、チェロを弾きたくなった。子供の頃に使っていたチェロを取り出すと、ケースの中から、紙に大事そうに包まれたこぶし大の石が一緒に出てきた。大悟は、まだ家族三人で幸せだった頃のことを思い出した。その石は、想いを託して人に贈る“石文”として父と交わしたものだった。だが、父の顔は大悟の記憶の中でぼんやりとしていて、思い出せないでいた。
翌日、大悟は佐々木のアシスタントとして、ある家の葬儀に参列した。そこで大悟は、佐々木の執り行う納棺の儀をはじめて目の当たりにした。亡くなった女性の体を拭き、顔に化粧を施す佐々木。それは、冷たくなったくなった故人に永遠の美を与える儀式であった。大悟は、佐々木の冷静にして正確、そして、故人への敬愛に満ちた動作に見入った。
その夜、大悟は美香を連れて夫婦で鶴の湯に行った。ツヤ子は、美香に、大悟の両親が離婚した当時のこと話した。大悟少年は気丈に見せていたが、男湯で肩を震わせて泣いていたという。美香は大悟に父のことを尋ねてみた。大悟は、「父のことは思い出したくもない、というよりは、記憶が曖昧だ」と、あまり話したくない様子だったが、美香の会いたいかという問いかけに、「会いたくもない。でも、もし会ったらぶん殴る」と答えたのだった。
翌夜、大悟が帰宅すると、美香が険しい表情を浮かべていた。大悟が遺体のモデルになった例のビデオ見られたのだ。美香は大悟の仕事について、「恥ずかしい」、「普通の仕事をしてほしい」と訴えるが、大悟が仕事を続けるつもりでいることを知ると、辞めるまで実家に帰ると宣言。大悟が説得のためにそばへ寄ると、美香は「汚らわしい!」と飛びのき、本当に家を出て行ってしまった……。