貝の毒にあたり視力を失った下級の侍が、武士の面目を守るために格上の侍との決闘に挑む。
山田洋次の時代劇三部作の最終作。

武士の一分

2006  日本

121分  カラー



<<解説>>

山田洋次が「学校」シリーズの後、2002年より挑戦した時代劇の三部作の最終作。『たそがれ清兵衛』、『隠し剣 鬼の爪』の全二作と同じく、藤沢周平の短編集「隠し剣秋風抄」を原作としていて、同書の一編「盲目剣谺返し」を映像化している。また、全二作と同じく、夫婦愛を大きなテーマとした物語となっている。
主演は意外な起用で話題になったSMAPの木村拓哉。持ち前の勘の良さで、絶望や嫉妬にもだえ苦しむ若い侍を好演。その妻の役を抜擢された宝塚スターの檀れいは、本作が映画初出演。本作の演技で大きな注目を集め、テレビや映画でも売れっ子となった。使用人に笹野高史、叔母に桃井かおり、剣の師範に緒形拳など、物語に重要な脇役も適材適所のキャストで、見どころとひとつとなっている。
妻との平穏な生活を破壊された怒りから、盲目というハンデを負いながらも、勝てる見込みの薄い果し合いに挑む若い侍。そうまでして戦わなければないない理由として侍が口にするのは、“武士の一分”。すなわち、プライドであるが、そんな格好の良い名目で隠しているもは、身が引きちぎれるような妻への想い。視力を失った絶望や、決闘に挑む悲壮が哀愁たっぷりに描かれているが、そんな中に見え隠れする男の純情がひときわ甘く切ない。シャイな日本男児の心情を繊細に描いた山田流ラブロマンスの真骨頂とも言える一作である。



<<ストーリー>>

三十石の侍・三村新之丞は、幼馴染の妻・加世と、父の代から三浦家に仕えてきた徳平と三人で平穏に暮らしていた。城勤めの新之丞の仕事は、お上に出す御膳の毒見役だったが、新之丞はその形式ばった仕事をくだらないと思っていた。
ある大雨の日。台所の横の部屋で新之丞たち毒見役が普段どおりに御膳を食していた時のことだった。赤つぶ貝を口にした新之丞が突然、苦しみもがき始めた。既に御膳はお上のもとへ運ばれていたが、間一髪、知らせが届き食事は中止。毒を盛った者を突き止めるため、城の門は閉された。調べの結果、毒を盛った者は見つからず、原因は赤つぶ貝自体の毒のせいだった。赤つぶ貝は季節によっては猛毒を含むのだった。
城の門が開けられ、新之丞が家へ運ばれていったが、彼は意識を失ったままだった。加世は新之丞が回復することを信じ、手厚く看病した。それから三日目。眠りつづけていた新之丞が突然、目を覚ました。だが、一度は喜んだ加世だったが、新之丞の様子がおかしいことに気づいた。加世が問い詰めると、新之丞は目が見えなくなってしまったことを打ち明けた。相談を受けた医者は、加世だけに新之丞の目が回復する見込みがないことを告げた。
加世はいずれ打ち明けるつもりで、新之丞に目のことを話さないでいた。だが、新之丞に詰め寄られた徳平は、目が治らないことを正直に話してしまった。絶望に打ちひしがれた新之丞は、「刀を出せ」と騒ぎだした。新之丞は侍として何の役にも立たなくなった自分を恥じ、自害しようとしていた。加世は、「死ぬならお好きに。自分も死にます」と叫び、新之丞を止めたのだった。
新之丞の親族が集まり、新之丞の今後の生活のことについて話し合った。親族たちは、新之丞を引き取ることには消極的だったため、話し合って答えは出なかった。そこで加世は、番頭の島田藤弥に相談すること提案した。加世は娘自分に寺子屋の行き来で幾度か島田と会っていたが、この間偶然、彼と再会していた。その時、島田は新之丞のことを気にかけ、加世にいつでも屋敷に来るようすすめていたのだ。親族たちは島田の好意に甘えることで一致した。
それからしばらくしたある日、城から使いがやってきて、新之丞に今回の件についての沙汰が言い渡された。それは、「三十石は維持。生涯、養生に励め」という新之丞にとって願ってもないものだった。
沙汰を受け入れた新之丞は、視力を失ってからかたくなになっていた心が落ち着き、平穏な日々を戻りもどしつつあった。ところがある日、新之丞は見舞いに来たおしゃべりの叔母・波多野以寧から、聞き捨てならない噂を知らされることに。加世が位の高そうな侍と茶屋に出入りしているというのだ。激怒した新之丞は以寧を追い返すが、加世への疑いは晴れなかった。新之丞は徳平に命じ、どこかへ出掛けていく加世の後をつけさせた。そして、徳平は茶屋に入っていく加世の姿を見てしまうのだった。徳平に後をつけられていたことに気づいていた加世は、すべてを話す覚悟を決めたのだった……。