オリエント急行の寝台車で殺人事件が発生。
多すぎる手がかりと多すぎる容疑者。名探偵ポアロが意外な犯人を追い詰める。
アガサ・クリスティの原作をオールスターキャストで描くミステリー。
オリエント急行殺人事件
MURDER ON THE ORIENT EXPRESS
1974
イギリス
128分
カラー
<<解説>>
ブラボーン=グッドウィン製作によるアガサ・クリスティ原作シリーズの第一弾。名探偵ポアロ・シリーズの代表作を映像化した大作となった。探偵ポアロ役のアルバート・フィニーの他、ローレン・バコール、マーティン・バルサム、イングリッド・バーグマン、ジャクリーン・ビセット、ジャン・ピエール・カッセル、ショーン・コネリーといったスターが大挙出演。ポアロとという得意なキャラクターを全身を使ってユーモラスに演じたフィニーも良いが、中でも注目なのは、非常に地味な役を抑えた芝居でこなしたバーグマンだろうか。本作の後、オールスター・キャストという同趣向で、『ナイル殺人事件』、『クリスタル殺人事件』などが製作された。
現在の二時間サスペンス・ドラマのフォーマットに直接影響を与えたものは、と問われれば、まずは野村芳太郎や市川崑の作品が挙げられると思われる。しかし、シドニー・ルメットの監督した本作と、彼の演出スタイルを踏襲した一連のシリーズの影響もあったことは間違いないだろう。本作は、二時間サスペンス・ドラマの原点として、そのエッセンスを余すところなく堪能できる作品である。
映画がはじまると、まずは後に容疑者となる登場人物の顔見せがあり、三十分くらい経過したあたりで殺人事件が発生し、中盤では捜査と容疑者への事情聴取が一時間ほど描かれ、そして、残り三十分で集められた容疑者に向けて探偵が真相について大演説をぶつ、といった、今では当たり前となったサスペンス・ドラマの基本プロットを律儀にこなしながら、話は進んでいく。しかも、話の途中で、第二、第三の事件が起こって捜査が混迷するとか、あるいは、予想もしなかった事件が起こって話が脱線するとか、そういった小細工は一切無し。現在のミステリーと較べれば、やや硬派な内容と言えるかもしれない。
登場人物が抱える様々な背景の一つひとつが、真相を解き明かす重要な鍵となる。身分や人種も違う老若男女が見事に揃った登場人物は十数名におよぶため、すべての情報を頭に入れていくことは至難の技である。しかし、本作は過去のフラッシュバックを上手く使って、観客が話を見失うのを防いでいる。通常、フラッシュバックは、テーマを明確にするために過去の出来事の強調したり、感情の高ぶりを現すために登場人物の回想として用いられるものだが、ここでは主に状況の説明と整理のため、システマティックに利用されている。映画は、ミステリー小説を読んでいる時のように途中でページを見返したり、本を伏せて熟考することができない。本作の演出はやや単調で機能的すぎるきらいがあるが、ミステリーを映像で見せるという難題に見事に答えた演出だろう。無論、本作で見られるような機能的な演出は、今のサスペンス・ドラマでは常識である。
探偵と言えばシャーロック・ホームズがもっとも有名で、ミステリーの中でも度々引き合いに出されるほどである。しかし、テレビドラマや映画などの映像作品では、引き合いにされても実際にホームズ・アプローチで捜査を行う探偵は少なく、むしろ、ホームズに対抗するようなポアロ・アプローチの探偵の方が歓迎されるようである。すなわち、ホームズのように物的証拠と推論から方程式のように事件を解くのではなく、ポアロのように容疑者との対話にから直感的なひらめきで真相にたどり着くという探偵である。後者のような探偵が歓迎されるのは、やはり、筋道だった論理の説明よりも、探偵と容疑者とのかけひきの方が、映像でより劇的に観せられるし、演者の技術が活かせるからであろうか。本作でも謎解は、ポアロと容疑者の対話を中心らして行われている。ポアロは時には愚者を装い、時にはカマをかけ、時には芝居をうちながら、容疑者から必要な情報を引き出していく。さらに、ポアロはここぞというところでキーワードを投げかけ、その言葉で変化する相手の表情も見逃さない。推測や論理の飛躍が多く、実際の犯罪捜査では通用しないだろうが、探偵と容疑者息詰まる駆け引きにより、ドラマとしては非常に面白いものになっている。
現在のミステリー・ドラマへの影響という観点で述べてきたが、なんだかんだ言っても、結局いちばん大事なのはミステリーの要であるトリックだろう。原作は二十世紀最高のミステリーとも評価されている作品なので、その点はご安心を。古いミステリーだと思ってナメてかかっていると、意外すぎる犯人に腰を抜かすこになるだろう。ちなみに、設定について補足をすると、寝台車にはポアロと被害者をのぞくと十二名がいると言われているが、寝台車にいたのは十三人。どうやら、アンドレニイ伯爵とその婦人を一組で一名と勘定しているようである。
<<ストーリー>>
1930年、ロングアイランドの富豪アームストロング家の幼い一人娘デイジーが誘拐されるという事件が起こった。メードのポーレット・ミッシェルに疑いがかかるが、誤認だった。アームストロング大佐と妻のソニアが、身代金を支払ったにもかかわらず、デイジーは遺体で発見された。まもなく、逮捕された実行犯は、黒幕については最後まで硬く口を閉ざしたまま処刑された。事件のショックでソニアは流産し、自らも死亡。大佐は妻を応用に自殺。濡れ衣を着せられたポーレットも海に身を投げたという。
それから五年後。トルコのイスタンブールのアジア側の駅から、アジアとヨーロッパを結ぶ大陸横断鉄道オリエント急行が様々な乗客を乗せて発車しようてしていた。乗客の中には、ロンドンで重大事件の捜査のため、帰路に着こうとしていたベルギー人の名探偵エルキュール・ポワロの姿もあった。行楽シーズンでい真冬なのに、なぜか寝台車の一等客室は満員だったが、ポアロは駅で出会った旧友で鉄道会社の重役のビアンキの好意で一等客室をとることができた。
イスタンブールを発ってから二日目の昼。ポアロは食堂車で、実業家で億万長者のラチェットとから声をかけられ、身辺の警護を依頼された。ラチェットは何者からか脅迫を受け続けているのだという。だが、ポアロは、退屈な事件で興味が持てないとし、ラチェットの依頼を断ったのだった。
レオグラード駅で客の乗り降りがあった後、再び発車したオリエント急行だったが、降雪の影響でユーゴスラビアの雪原の真ん中で停車し、一夜を明かすことになった。眠りに着こうとしていたポアロは、零時半頃に隣りのラチェットの部屋から人のうめき声のような物音を耳にした。廊下を覗くと、ラチェットの部屋に車掌がやってくるところだった。車掌は部屋の中から「夢を見ていた」とフランス語で言われると、ベルの鳴った別の部屋へ引き返して行った。一時十五分には、ハバート夫人が部屋に男が侵入したと騒ぐ声で、ポアロは目を覚ました。廊下を見ると、ガウンの婦人が向こうへ歩いていく後ろ姿が見えた。
翌朝、ラチェットの使用人のベドースが鎮痛剤を届けるためラチェットを部屋に向った。だが、ノックに反応がなく、ドアにはチェーンもかかっていた。ドアをこじ開け、中の様子を見たポアロは、ラチェッとがベッドで死んでいるのを発見した。医者の所見によりば死因は毒によるものだったが、毛布をめくると胸に十数箇所の刺し傷が残されていた。毒で朦朧となったところを襲われたたため、抵抗ができなかったようだ。
死亡推定時刻は零時から二時の間であった。ラチェットのポケットの懐中時計は一時十五分で止まっていた。ポアロがうめき声を聞いた頃の時刻だった。犯人の物と思われる遺留品として、パイプクリーナーと“H”というイニシャルの入った婦人もののハンカチがあった。また、脅迫状を焼いたと思われる燃えカスも残されていた。
ポアロは燃えカスを調べ、そこに“AISY”と“ARMS”という言葉を見つけた。それぞれ、デイジー、アームストロングの名前の一部。ポアロは、ラチェットの正体が幼女誘拐事件の黒幕であるイタリア系の人物カセッティであると考えた。状況を考えても、犯人はポアロとビアンキと医師をのぞく寝台車の乗客の十二名以外に考えられなかった。事件は警察に通報したが、ビアンキは警察が来る前に犯人を見つけて欲しいとポアロは懇願。ポアロは仕方なく捜査を始めることにした。
ポアロは特別車に捜査本部を置き、乗客の一人ひとりに事情を尋ねていった。まずは、この一等客室の車掌ピエール・ポール・ミッシェルからである。ポアロに家族について尋ねられたピエールは、娘は病気で、妻は娘の死を悲観して自殺したと答えた。ピエールは、昨夜の一時半頃、マクィーンと別れたたアーバスノット大佐が十五番ベッドに戻るのと、洗面所に行く婦人のガウンの後姿を目撃していた。その前の零時半にラチェットの部屋に様子を見に行き、その直後には公爵夫人にベルを呼ばれていた。それらはポアロの見たことと符号していた。
次に話を聞いたのは、ラチェットの秘書をしていたヘクター・マクィーンである。彼はポアロからラチェットの正体を知ると、ひどく驚いた様子だった。実はマクィーンの父は地方検事で、例の幼女誘拐事件を担当していたのだった。また、事件がきっかけで、ソニアによく面倒を見てもらっていたのだという。母親を幼い頃に亡くしていたマクィーンは、ソニアのことを母のように思っていたようだ。マクィーンは、ラチェットは外国語後が不得意だった言った。
続いて、第一発見者のベドーズに話を聞いた。ベドーズは昨夜、ラチェットに鎮痛剤を運んだ後、自分の部屋で本を読んでいて、床に就いてからは歯痛で四時まで寝付けなかったという。部屋には、同室だったイタリア人の自動車セールスマンのフォスカレリも一緒にいた。ベドーズは、職業紹介所でラチェットの使用人の仕事を得たという。ラチェットの正体を知っても怒りもせず、平然とした様子だった。
次に事情を聞いたベリンダ・ハバート夫人はおしゃべりで、ポアロの苦手なタイプだった。ポアロは手短に話を済ませた。昨夜一時過ぎ、ハバート夫人の部屋で男が進入するという騒ぎが起こっていた。ハバート夫人は、隣りのラチェットの部屋に続くドアには鍵がかかっていることを確認したが、車掌のものと思われるボタンを見つけていた。ポアロは、ピエールの制服を調べたが、ボタンは揃っていた。ハンカチのことを確認したが、彼女のものではなかった。
次に事情を聞いたグレタ・オルソンは知能遅滞のスウェーデン人女性で、自分と同じ境遇の子供たちに宣教師をしていた。過去に三ヶ月だけ、寄付を募るためにアメリカのワシントンにいたことがあるという。
次は、ハンガリーの外交官のアンドレニイ伯爵とその妻エレナ・アンドレニイ・グルンワルド。ポアロは、エレナのパスポートのファーストネームがにじんでいたため、筆跡が本人のものであるかどうかを確認した。
ナターリア・ドラゴミロフ公爵夫人の話は、ポアロが彼女の部屋に出向いて聞いた。公爵夫人は誘拐事件後、ソニアの後見人のしていた。というのも、ソニアの母で女優のリンダ・アーデンとは、親友だったからであるという。ポアロはアームストロング家のことを詳しく尋ねたが、公爵夫人はよく覚えていないようで、ソニアの旧姓がグリーンウッドであることをあげるくらいだった。
公爵夫人のメードのヒルデガルド・シュミットが、ポーレットの話になると顔色を変えたのをポアロは見逃さなかった。やはり、ポーレットとは親友だった。シュミットがポーレットの写真を見せようと鞄を開けると、中に車掌の制服が出てきた。制服のボタンはひとつなくなっていた。ポアロはシュミットから、彼女が料理が得意で皆に振舞っていたことを巧みな話術で聞き出した。証拠の制服を持って自室に戻ったポアロは、さらにそこで婦人もののガウンを見つけた。昨夜、車掌が目撃した婦人が着ていたものだった……。