主人とその槍持ちを中心に東海道を旅する庶民の人間模様を描く時代劇。
内田吐夢の復員第一作。

血槍富士

1955  日本

94分  モノクロ



<<解説>>

『限りなき前進』、『土』の内田吐夢が、戦後に十三年ぶりの復帰を果たした第一作。内田で盟友で、内田の帰還直前に亡くなった井上金太郎の1926年の作品『道中悲記』のリメイクである。中国抑留から帰還した後、溝口健二ら監督仲間の協力によって完成させた。俯瞰を多用した大胆な構図。時代劇の様式に拘らない現代劇のような豪快な演出。ロングとアップの両極端のカメラ。十三年のブランクを感じさせない、フルスイングの快作である。
物語の舞台は東海道。登場するのは街道を往く旅人の一行。片岡千恵蔵の槍持ちと島田照夫の主人の他はみな庶民。彼らの庶民の間で繰り広げられる人情話の中に社会の縮図を描いていく。現代の社会風刺を匂わせる内容もさることながら、筋運びの鮮やかさには眼を見張るものがある。無関係だった人々の間で何気なく引かれた様々な伏線が、一切の無駄なく結ばれていく様は小気味良くすらある。そして、クライマックスは、世の矛盾への怒りを表したような凄惨な仇討ちの場面。これまで物語の背後に回っていた温厚な槍持ちが、しゃにむにに槍を振り回し、泥の中で侍と取っ組み合う様が凄まじい。



<<ストーリー>>

下郎の槍持ち権八と源太は、藩の大切な御用のある主人酒匂小十郎に従い、江戸に向けて東海道を旅していた。彼らの後ろには、小間物屋の伝次、借金のために娘を売りに行く与茂作父娘、巡礼の男、旅芸人のおすみ母娘、周囲を気にする不審な男藤三郎、そして、家出少年次郎が続いていた。
その頃、風の六右衛門なる大泥棒が街道筋を荒らしまわっていて、各地で役人が見張りをしていた。足を痛めた権八は、小十郎の許しを得て休まさせもらっていた時、次郎が槍持ちに憧れていることを知り、彼を気に入った。権八は、袋井の宿に着いたところで、次郎に小遣いを与えた。
小十郎は、侍には珍しく思いやりのある優しい心の持ち主だった。だが、酒癖が悪く人が変ってしまうのが玉に瑕だった。小十郎は旅の間、酒を断つことを誓っていたが、源太が酒が我慢できなくなり、主人に隠れて厨房で飲んでしまった。
伝次は、相部屋になった藤三郎が三十両もの大金を持ち歩いているのを見て、泥棒と疑った。伝次は、藤三郎に白状させるため、しつこく酒に誘った。だが、藤三郎は、金は銀座で稼いだのだと言い張るのだった。
その夜はお祭りだった。権八から貰った金を使い果たし、すっかり腹いっぱいになっていった次郎は、おすみから権八宛ての手紙を渡された。次郎は手紙を渡しに行くついでに、権八を祭りに誘い出した。権八は、おすみの三味線と歌に見とれるのだった。
小十郎は源太の盗み酒に気付き、彼に腹いっぱい飲ませてやるつもりで連れ出した。だが、当然、源太は主人の目の前で一人で飲むことは出来なかった。小十郎は源太に飲ませるため、仕方なく付き合うことに。ところが飲み始めると際限がなくなってしまい、ついには、お伊勢参りの旅人にからむ始末。小十郎は逃げる旅人を追って通りに飛び出すが、それを偶然見かけた権八に諌められ、事なきを得たのだった。
翌日、街道沿いの木に上っていた次郎は、草むらで銭勘定をする巡礼を見つた。思わず次郎は「泥棒」と叫ぶが、勢いあまって木から落ちた。権八が慌てて助け起こすと、次郎は腹痛を訴えだした。どうやら、昨日の食べすぎが原因のようだった。権八は、次郎を背負い、医者に見せるため先を急いだ。
権八たちが大井川の近くに来ると、行く手に人だかりが出来ていた。大名行列の殿様が、野立ての風流をしていて、通れなくなっていたのだ。病気の子供のため通してもらえるよう頼むが、なしのつぶて。次郎は仕方なく、富士を見ながら饅頭を食べている殿様の後ろで、用を足したのだった。
突然、大雨になり、一行は、近くの宿に飛び込んだ。大部屋で身分の下の者たちと共に過ごすことになった小十郎は、与茂作父娘の身の上話を耳に挟んだ。与茂作は明日、三十両の借金のかたに、娘のおたねを身売りに出すというのだ。与茂作父娘に同情した小十郎は、明け方、槍を担いで質屋に走った。だが、槍は贋物であったことが判明し、十両にもならなかった。
夜が明けた。権八と源太は、番頭から昨夜泥棒が入ったことを知らされた。ふと脇に目をやると、そこに置いたはずの槍がなくなっていた。次郎はまだ腹痛で寝込んでいたが、この騒ぎの隙にこっそり抜け出そうとする巡礼の姿を目ざとく見つけ、「泥棒」と叫んだ……。