東京に暮らす父子家庭の一家。
長女は結婚に失敗して実家に戻り、次女は母親のいないさみしさからグレていた。
そんな時、母親が東京に戻ってきていたことが分かり…。

東京暮色

1957  日本

140分  モノクロ



<<解説>>

『早春』に続く小津監督の48作目。次作『彼岸花』からはカラーとなるため、本作はモノクロによる最後の作品となる。夫婦の別居、離婚、不倫、望まない妊娠、中絶といった恋愛・結婚にまつわる当時としては先端の社会問題がテーマ。これまでの小津作品とは一味違う厳しさで、重いテーマに真っ向から取り組んだドラマである。キャストは、親子役の笠智衆、原節子と叔母役の杉村春子といった定番の他、アイドル的存在だった有馬稲子(『彼岸花』にも出演)、既に大女優であった山田五十鈴が登場。
おそらくは、数ある小津作品の中でももっとも暗い部類に入る作品だろう。テーマが重いが、同様に作品のトーンもかなり重たいものとなっている。ユーモアはほぼ無く、杉村春子のいつものせかせかとした芝居をもってしても、明るくなる気配がない。誠実実直な父親が娘たちを案じる様や、しっかりものの長女が父親に心配させまいと悩む様など、善良な家族を描いているところだけ観れば、いつもの小津流ホームドラマである。しかし、本作においては、有馬演じる次女の存在がひじょうに大きい。物語は彼女を中心に展開していくため、彼女を実質の主人公をとした青春映画といっても良いだろう。
物語の視点は、母親の愛情を受けなかったゆえにグレてしまったて次女の視点から捉えられている。そのため、中期以降の小津映画にあったような、善意と包容力に満ちた穏やかさはなく、むしろ悪意すら感じられるほど、厳しいタッチとなっている。特に、次女が深夜の町をうろつきまわる場面の気だるさなにどは、サイレント時代のサスペンスものを彷彿とさせるものがある。また、不吉な展開を想像される残酷な台詞やイメージも多く、観るものにストレスを与えるが、ドラマとしてはスリリングであり、暗いながらも観るものを引き付ける映画となっている。
小津をホームドラマの作家と思って観ると、戸惑いを覚えるほど悲惨な物語なのだが、理想の日本の家族を描いたやや浮世離れした他の作品より、リアリティが感じられるものとなっている。物語にリアリティがあるだけに、登場人物の心情描写もこれまで以上に繊細な描かれているように思われ、人物のちょっとした仕草や台詞に共感を覚えるところが多い。物語は、結局のところ、父親がひとりぼっちになってしまうという定番の結末を迎えるのだが、本作においては、それかある種の報いのように思われて、感慨深いものがある。ただ、結末の直前に長女ら示されたある決意がひとつの光明となり、ラストシーンは孤独の寂しさの中にも未来を見据えた晴れやかさが感じられる名場面となっている。



<<ストーリー>>

東京の雑司ヶ谷に暮らす杉山一家。銀行で監査役を務める父の周吉は、子供たちがまだ幼い頃に妻の貴子と別れてから、男手一人で三人の子供を育てた。長男を山で亡くしてからは、二人の娘たちと暮らしだった。
長女の孝子は、数年前に教師の沼田と見合いをして嫁に出た。だが、最近になって夫と別居し、実家に帰ってきてしまった。孝子には二歳になる娘の道子がいて、幸せなはずだったのだが、彼女の表情は暗かった。周吉は、沼田との仲について孝子に尋ねるた。だが、孝子ははっきりと答えようとしなかった。
翌日の昼、周吉は、化粧品の会社を経営する妹の重子に誘われて鰻屋に出かけた。重子は先日、明子が五千円という大金を借りに訪ねてきたことを周吉に打ち明けた。重子が尋ねても、明子は金を借りる訳を言わなかったという。重子は明子のことを案じ、そろそろしっかりしたところに片付けることを周吉に提案した。明子は大学を出ても就職せず、英文速記を習っていた。最近、明子の帰りの遅いことを心配していた周吉は、重子の言葉に同意した。
一方その頃、明子は、周吉と重子の心配を他所に、木村憲二という男を捜していた。実は憲二は明子の恋人だったのだが、数日前から彼女の前から姿を消してしまっていたのだ。明子は男友達のもとを訪ね歩いて憲二のことを尋ねるが、行方はいっこうに掴めなかった。
その夜、周吉は沼田の家を訪ねた。貴子のことを尋みるためである。だが、沼田は、道子の話題になると、急に親子の愛情に否定的な意見を口にしだした。周吉は、沼田の嫌味な言い方に不愉快な気分になりつつも、貴子のことを尋ねた。すると、沼田は思い出したように、一昨日、ちょっとしたことがあり、その時に孝子が「よく考えてみたい」などと言っていたことを話した。
帰宅した周吉は、貴子に沼田に会って来たことと、彼への印象を率直に話した。そして、無理に沼田ことをすすめてしまったことについて、すまない気持ちでいることをはじめて打ち明けた。周吉の言葉に動揺して引っ込んでしまった孝子と入れ替わりに、明子が帰ってきた。周吉は、重子に金を借りにいったことについて明子を叱った。だが、明子は反省するどころか周吉に反発するのだった。
別の日、明子は憲二を探して、彼の現れそうな五反田の雀荘を尋ねてみた。だが、そこでも憲二の行方は分からなかった。明子が麻雀をしていると、店の主人の奥さんが声をかけてきた。奥さんは明子のことや家族のことも知っているようだった。明子が不思議に思って奥さんに尋ねると、昔、杉山一家の近所に住んでいたのだと奥さんは答えた。
明子は家に帰ると、孝子に昼間あった奥さんのことを話した。孝子はもしやと思い、明子に奥さんの特徴を尋ねた。明子も孝子と同じことを考えていたようで、「お母さんかもしれない」と言った。
また別の日、明子は男友達がマスターをしているバーを訪ねた。やはりここにも憲二はいなかったが、マスターの話では、今朝店に来ていたという。諦めて店を出て行こうとした明子は、ちょうど店に入ってきた憲二と鉢合わせた。
明子と憲二は港に行き話し合った。明子は子供が出来たことを打ち明け、そのことからまるで逃げ回っているような憲二を責めた。憲二は必死に弁解をするが、そんな頼りない憲二を見た明子は、これからどうしてよいか分からなくなり、泣き出してしまった。憲二は、もう一度よく話し合おうと言って明子を宥めた。そして、今夜の待ち合わせ場所を告げると、憲二は去っていった。
その夜、明子は指定の喫茶店で憲二を待ったが、彼は現れなかった。待ちぼうけの明子は、怪しげなマスクの男が声を掛けられ、しつこく家を尋ねられた。警戒する明子に、男は警察手帳を見せた。明子は深夜徘徊で補導された。
連絡を受けた孝子は、警察に明子を迎えに行った。明子は周吉に顔を合わせるのが嫌で家に帰りたくなかったが、孝子から周吉は補導されたことを知らないと言われ、帰ることに。だが、周吉は孝子が出かけた直後に警察から連絡を受けていた。周吉は明子に厳しく問いただそうとするが、孝子の懸命な仲裁で引き下がることに。周吉は、明子がグレてしまったことを思い悩み、自分の子育てが間違っていたのではないかと考えた。一方、明子は「私、余計な子ね。生まれてこないほうが良かった」と孝子に漏らすのだった。
ある日、雑司ヶ谷の家に重子が訪ねてきた。重子の用事は、この間、鰻屋で話した明子の見合いの話で、早速ふたつばかり縁談を持ってきたのだった。重子は、周吉と孝子に見合い写真を見せた後、デパートで偶然、貴子と会ったことを話した。孝子は明子の話を思い出してはっとした。重子の話では、貴子の前夫は抑留中に亡くなったとかで、今は新しい夫と五反田で雀荘をやっているといるのだという。やはり、明子の会った奥さんが貴子であったことは間違いなかった。
孝子は雀荘の貴子を訪ね、自分が娘であることを明かした。何年かぶりの再会だったが、孝子は貴子に、明子に母親であることを明かさないよう頼んだ。理由は「お父さんがかわいそうだから」というものだった。孝子はそれだけ言うと、雀荘を出て行った。入れ替わりに帰ってきた夫は、北海道の室蘭で仕事が口があることを知らせた。夫は貴子と一緒に来てもらいたい様子だったが、貴子は返事をすぐに出せなかった……。





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