女性を狙った連続絞殺犯の濡れ衣を着せられた男が、
真犯人を追い詰めていくまでを描く本格スリラー。

フレンジー

FRENZY

1972  イギリス

116分  カラー



<<解説>>

ヒッチコックの最後期の作品。本作の前に二作『引き裂かれたカーテン』、『トパーズ』は、どちらもイギリス時代に多く撮ったスパイものだったが、不評に終わった。監督の生まれ故郷のロンドンで撮影された本作は、ヒッチコックが完成させたとも言える巻き込まれ&間違われサスペンス・スリラーで起死回生をかけたようでもある。切り裂きジャック事件をモチーフにした連続ネクタイ絞殺人事件の犯人にされた男の姿を描いていく。
スターの出演が望めなかったせいもあるのかもしれないが、主人公はハリウッドで撮っていた作品のようなアメリカ白人の模範的な精悍な二枚目ではない。粗暴で気が短く、ありえないデザインの背広を平気で着るようなダサい髭のおっさん。最後の最後まで移入し難い駄目な主人公だが、駄目だからこそ女性を狙った事件の容疑者にされるという筋書きにも納得。ストーリーは簡潔で大仕掛けはないものの、冤罪が生み出されていく過程にリアリティがあるため、非常に引き込まれる物語になっている。
殺人鬼が主人公の元妻にじりじりと迫っていく場面の生理的な不快さ。主人公の恋人がそうと知らずに犯人の部屋に入った後、ゆっくりと後ずさっていくカメラの怖さ。迫真のショック描写のはさすがで、今観ても新鮮に感じられる。その一方、妙に印象に残る警部夫人のマルガリータに代表されるように、洒落たユーモアも多い。警部と夫人の推理談義は、往年のヒッチコックが復活したかような楽しい場面だ。犯人でさえも、トラックの荷台で詐害者をするうちに車が走り出し、遠くへ連れて行かれるというマヌケを見せる。
この作品の素晴らしさは、ヒッチコック作品全体のテーマとも思われる「悲劇と喜劇の紙一重」がさりげなく表現しされているところだろう。観客に緊張感だけを強いるのではなく、随所にくだけた場面を入れることで、物語をより豊かな感情で楽しむことができる。主人公が真犯人に復讐を仕掛ける狂気じみた展開も、滑稽なものに見えてくるから面白い。昔のようなセンセーショナルな驚きは期待できないが、緩急のバランスがしっかりとられた演出に監督の円熟が感じられる作品だ。



<<ストーリー>>

ネクタイ殺人の話題が町を騒がしているロンドン。その日、テムズ河にまた新たに首にネクタイの巻かれた女性の死体が上がった。ディック・ブレーニーは、かつて空軍の英雄だったが、今はバーテンとして酒場で住み込みで働いていた。酒場の主人のフォーサイスとはソリが合わず、とうとう酒代を巡って喧嘩になり、店をクビになってしまった。意地を張って店を飛び出したものの、ブレーニーには金もなく宿もなかった。
町をほっつき歩いていた彼に声をかけたのは、母親と暮らす独身の友人のボブ・ラスク。ブレーニーにラスクから確実な勝ち馬の情報を教えられるが、なけなしの金で酒を飲んでしまい、馬券を買うことができなかった。馬はラスクの言った通りに二十倍の大穴を出した。ブレーニーは失業した上、大穴も当て損ねてしまったのだ。
とことんついていないブレーニーが頼りにしたのは、別れた元妻のブレンダだった。彼女はブレーニーと分かれた後に結婚相談所の経営で成功していた。ブレーニーを迎え入れたブレンダは、元夫の境遇を知ると、生活態度について色々とアドバイスをした。だが、ブレンダの落ち着いた態度は、イラついていたブレーニーの神経をさかなでし、彼は思わず大きな声をあげてしまうのだった。
その夜、ブレーニーはブレンダと夕食を共にするが、結局その日は別れ、一人で慈善宿舎に泊まった。ブレーニーのコートのポケットに金を見つけた。彼を心配したブレンダがこっそり忍ばせたものだった。
翌日、昼休み中のブレンダのオフィスに、ロビンソンの偽名を使いラスクが訪ねてきた。ブレンダは知らなかったが、ラスクがブレーニーの友人であることも、ロビンソンが偽名であることも知らなかった。ラスクは異常な性癖を持ち、それを受け入れる女性を探していた。ブレンダはラスクの相談を断り続けていたが、今日もこうしてしつくこやってきたのだった。
ブレンダはラスクに他の相談所に行くようすすめるが、自分目当てにこの相談所に通っていることを打ち明けられることに。強引に食事に誘おうとするラスクに身の危険を感じたブレンダは警察に電話しようとするが、押し倒されてしまった。ラスクがネクタイを解くのを見て、ブレンダは彼が世間を騒がす殺人鬼であることに気付くが、時既に遅かった。
ブレーニーはブレンダのオフィスを訪ねるが、まだ昼休み中で鍵がかかったままだった。ブレーニーは諦めて帰ること。昼食をとって戻ってきたブレンダの秘書は、オフィスから出てくるブレーニーを目撃。その直後、秘書はオフィスでブレンダが死んでいる発見した。
新たなネクタイ殺人事件として、オックスフォード警部らにより捜査がはじまった。ブレンダの秘書はブレーニーの名を出し、彼かが昨日オフィスで大声を上げていたことや、先ほどオフィスから出てきたことを警部に教えた。
その頃、ブレーニーは酒場に電話をし、親密になっていたウエイトレスのバブス・ミリガンを呼んだ。外で会ったブレーニーとバスブは、そのままホテルに向かった。部屋に入る時、ブレーニーは肘と肩にレザーの張られた背広を支配人に渡し、クリーニングを頼んだ。
翌朝、ホテルの支配人は新聞を読んで飛び上がった。ネクタイ殺人の容疑者とて警察が追っている男の特徴が、昨日から女性と泊まっている男にそっくりだったからだ。あの流行おくれの背広が決め手だった。支配人は警察に通報した。すぐに警官が駆けつるが、ブレーニーの泊まる部屋を空けると、そこには誰もいなかった。
今朝、新聞を呼んで事件を知ったブレーニーはバブスを連れて、非常階段伝いにホテルから逃げたのだった。バブスはブレーニーの無実を信じた。公園にやってきた二人は、ブレーニーのかつての戦友ジョニー・ポーターに声を掛けられた。ブレーニーはポーターの好意に甘えて彼のホテルの部屋にかくまってもらうことにした。
その頃、ホテルで支払われた札についていたブレンダの白粉や、フォーサイスからの通報により、オックスフォードはブレーニーを殺人犯と断定していた。
一方、バブスはブレーニーの荷物を持ち出すため、フォーサイスの店にやってきていた。フォーサイスと喧嘩して店を出たバブスは、店の前でラスクと会った。ブレーニーのことを心配しているというラスクを信用したバブスは、今夜の宿に困っていたため、彼の部屋に泊めてもらうことに……。





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