マルサ(国税局査察部)に勤務する査察官の女と、
脱税に手を染めるラブホテル経営者の対決を描く社会派サスペンス。
マルサの女
1987
日本
127分
カラー
<<解説>>
伊丹十三監督の3作目。“脱税”といった映画の題材としては思いもつかなかったものを題材に選び、脱税の容疑者の捜査を行う“マルサ”という存在に脚光を浴びせることになった作品である。前作『タンポポ』のラストシーンが母親の母乳を飲んでいる赤ん坊の姿であったのを受け、本作の冒頭シーンは看護婦の乳房に貪るように吸い付いている老人の姿である。明らかなセルフパロディであるが、不徳で不吉な印象を受けるシーンで、本作が『タンポポ』のような明るく楽しい作品ではないと観客に断りを入れるかのようだ。実際、前二作のコメディ路線と異なり笑いの要素が抑えられているため、伊丹作品の中でも特にシリアスでシニカルに作品となっている。
暗い内容あることに加え、庶民に縁遠い“脱税”や“査察”といったものを題材としているため、とっつき難い作品になるかと思いきや、予想に反して非常に痛快なエンターテイメントに仕上がっている。脱税や査察のあっと驚くテクニックの紹介は、素人でも非常に興味を引かれるものがある。また、執念で証拠を掴もうとするマルサと、マルサの追及に簡単に屈しない容疑者のチェイスのスリルは、刑事ドラマかスパイ映画さながらである。新鮮なインパクトを与えてヒットした本作は伊丹監督の代表作のみならず、社会派エンターテインメントという監督の独自のスタイルを確立させることになった。
マルサと容疑者の対決というサスペンスの要素が強い物語だが、宮本信子演じるマルサの女・亮子と、山崎努演じる実業家・権藤の心の交流も大きな見どころになっている。納税を励行させるという職務に忠実で、相手が誰であろうと容赦なく脱税を告発する亮子。金儲けの才能と税金のシステムの粗を巧みに利用することに長け、私欲のために阿漕な商売を続ける権藤。当然、納税というルールを守らない権藤が悪いのだが、単純な勧善懲悪の物語はなっていない。方向は違うがプロとしての誇りと拘りを持つ二人はどこなく似ている。そして、互いに子供を持ち、それらをいちばんに考えているという人間味を与えられ、二人は魅力的なキャラクターとなった。二人が対峙するラストは、伊丹作品の中でも特に味わい深いものになっている。
<<ストーリー>>
病院で一人の老人が死ぬのを待つ男がいた。その男・権藤英樹はラブホテル経営で巨額の財産を得る実業家。彼は利益の一部を流すため、倒産させることを前提に老人名義の不動産会社を設立しようとしていた。こうして権藤は税金から逃れるため、金をトンネル会社やヤクザの間で動かすフリし、実際には自宅の隠し部屋や貸し金庫に集めていた。彼がここまで所得隠しに精を出すのは、自分には良く出来すぎた息子・太郎へ財産を遺したいがためであった。
そばかすだらけの顔にいつも寝癖のついたおかっぱ頭の女性・板倉亮子。彼女は港町税務署に勤める調査官である。彼女は日々、会社や商店を訪ねては帳簿を調べ、利益が不正に除外されていないか厳重にチェックしていた。彼女の調査の対象は、もっぱら中小企業や小小売店といった庶民たち。善良な庶民から税金を搾り取るような行為だと思われ、恨まれることも少なくなったが、亮子はこれも仕事だと割り切っていた。
ある日、亮子は雨宿りのためにふと入ったラブホテルに職業上の興味を持った。駐車場の広さ、部屋数、そして客の回転率を勘定に入れると、どう考えても申告されている所得が低すぎることが気になったのだ。亮子はホテルを経営する権藤商事を独自に調べ、所得隠しの疑いがあるこを上司の露口に報告した。
亮子の訴えが実を結び、同伴旅館(ラブホテル)を重点的に調査することが決定された。同伴旅館は資金はそこそこで利益率の高いといううまみがあり、また、領収書がきられることがないため、それだけ利益を隠しやすい商売でもあった。
早速、亮子は権藤の事務所を訪ね、帳簿の調査を行った。袴田不動産への1億5000万の貸し倒し、そして、関東蜷川組からの5000万の融資という項目に亮子は不信を抱いた。亮子は権藤の案内でホテルや自宅を見て回ったが、事前に手回しをしているようで、所得隠しを匂わせるようなものは発見できなかった。
一方、税務署の調子を受けることになった権藤は、訪ねてきた亮子を一目でプロだと見込んでいた。権藤は太郎により多くの財産を移すために練っていた巧妙な手段を亮子に精査してもらうべく、勤務後に一人で飲んでいた彼女に近づいた。だが、亮子は権藤の話を耳に入れることを恐れるかのようにその場から立ち去った。テーブルの上には、亮子が忘れていったハンカチが残った。
亮子は融資の証書を確認するために蜷川組を訪ねた。だが、組長の蜷川は証書は作らなかったの一点張り。子供の名を出されて脅された亮子は引くしかなかった。次に亮子は、貸し倒れがあった袴田不動産を訪ねることに。だが、登記簿の住所に行ってみると、袴田不動産であるはずの建物は取り壊されている最中だった。権藤の所得隠しを暴くための糸口は失われてしまった。露口は「“マルサ”にお願いすることになるのかな」とつぶやいた。マルサ=国税局査察部。家宅捜索の権限を有するその部署は税務署員の花形であった。
亮子の査察部への栄転が決まった。彼女の調査能力の高さが買われてのことだった。亮子は統轄官・花村の下でマルサとして働くことになった。マルサは激務である。ガサ入れの時には100人体制で活動し、数日家に帰れないこともあるほどだった。亮子がマルサとして活躍し始めてからしばらく経ったある日、査察部に権藤商事についてタレ込みの電話がかかってきた。権藤の愛人・鳥飼久美が毎朝捨てているゴミを調べろ、というものだった……
<<スタッフ>>