奈良の秘境を舞台に能楽の宗家の跡取をめぐる連続殺人を描く。
人気ミステリー「浅見光彦シリーズ」の映画化。

天河伝説殺人事件

1991  日本

109分  カラー



<<解説>>

フリーのルポライター浅見光彦が探偵として活躍する内田康夫の人気推理小説のシリーズを角川で映画化。監督は角川映画で「金田一耕助」シリーズを手がけてきた市川崑。本作も往年のその人気シリーズ意識した仕上がりとなっている。物語の舞台は現代だが、旧家を舞台とした連続殺人を影にこだわったスタイリッシュな映像で綴っていくという作品全体の雰囲気が似ている他、「金田一」シリーズのひとつの象徴であった加藤武演じる等々力警部が、役名は異なるがほとんど同じキャラクターで登場している。主人公が異なるだけで、ほぼ「金田一」シリーズの再現とも思わせる作品である。
主人公に関しては、ものぐさでこ汚い金田一と物腰柔らかで端正な浅見とは正反対のキャラクターである。しかし、どちらもどこか飄々として緊張感がない人物であり、だからこそ、その周囲で起こる事件の緊張感を強調する効果を持っているところは共通している。市川崑の「金田一」シリーズを継ぐシリーズとしては最適だったと言えるだろう。しかし、結果的にはシリーズ復活ということにはならなかった。「金田一」シリーズのひとつの見所だったセンセーショナルなシーンを廃し、代わりにワンシーン毎に非常に丁寧に撮り上げたことは円熟とも捉えられるが、それよりも、メリハリがなくなったと捉える観客の方が多かったようである。
ちなみに、劇中では本事件が「事件簿ファイル第一号」という扱いだが、原作小説はシリーズの40作目にあたり、シリーズ内の時制でも23番目の事件ということになっている。これは続編の制作が予定されたためだが、実際は角川の不祥事の問題で中止されたという。また、「浅見光彦シリーズ」は日本を代表するミステリーのシリーズではあるが、映画化されたのは現時点で本作のみ。その代わり、テレビドラマとしては数多く制作されていて、本作公開後の数年間は引き続き榎木孝明が浅見を演じていた。



<<ストーリー>>

警視庁刑事局長を兄に持ちながら、ルポライターとして自由に生きている浅見光彦。彼は将来を心配する先輩の国語学者・剣持譲介から、能楽に関する史跡めぐりの仕事を紹介された。浅見は能と密接な関係にある天河神社を取材するため、奈良・吉野の秘境・天川村へ向かった。吉野には、先日訪れたばかりであり、その時、密猟者と間違えられた浅見を救った女性・長原敏子は、偶然にも天川村の旅館「天河館」の女将だった。
能の宗家の水上和憲は、次の追善能で引退することを一族の前で宣言した。合わせて、天河神社の神楽で行われる薪能の演目「二人静」について、主役(シテ)の静御前を二人の孫・秀美と和鷹のどちらかに演じさせることも発表。二人の父・和春は亡くなっていため、静御前を演じることは、すなわち、水上流を継ぐことを意味していた。だが、和憲の発表には、秀美に後を継がせる約束があったとして、嫁の菜津が猛反発した。
一方東京では、能衣装の会社の営業マン・川島幸司が新宿のビルで毒殺される事件が起こっていた。仙波警部補と倉田刑事は、現場に残された独特の形をした鈴を手がかりに事件の捜査を進めた。そして、それが天河神社の五十鈴であることを突き止めると、さらなる手かがりを求めて吉野へ向かった。仙波と倉田は天河神社へ向かう途中、林道で浅見ともう一人の男が話しているのを目撃した。
天河神社を訪ねた浅見は宮司に頼んで、宝物殿に保管されいる能に関する膨大な資料の一部を見せてもらうことになった。浅見を倉に案内した宮司が桐の箱から取り出したのは、舌を出した般若のような姿の面だった。これは「雨降らしの面」と呼ばれる特別な面であり、追善能でも使われるのだという。面を手にとって調べた浅見は、由来の記された面の裏の口元の文字が消えてることに気づいた。
水上家の東京の分家の長老・高崎義則が崖下で死んでいるところを発見された。その報せを受けた秀美たちは、高崎殺害の容疑者を確保したという警察に急いだ。留置所に入れられていたのは、浅見だった。高崎と崖の近くの林道で最後に話したのは確かに浅見だったが、すぐに疑いが晴れて釈放された。このような偶然で、仙波たちと知り合うことになった浅見は、今回の事件と新宿の事件が能で結びつくことを示唆した。
追善能が目前に迫ったある日、和憲はシテを和鷹に、ツレを秀美に演じさせれることを決定した。菜津は和憲の裏切りに怒り、いままで明かさなかった事実を秀美に明かした。実は和鷹は自分の子供ではなく、夫が別の女との間に作った子供だったのだ。秀美は和鷹の母が誰なのか気になったが、菜津は明かそうとしなかった。代わりに菜津の厳しい表情には決意のようなものが浮かんでいた。
追善能の当日。舞台で和憲が「道成寺」を踊っている頃、舞台裏では和鷹が行方知れずになるという事件が起こっていた。秀美が和鷹を探している時、舞台では和憲が鐘の中で変身するという見せ場を演じているところだった。だが、鐘の中から再登場した和憲は、雨降らしの面をつけたままもがき苦しみ、その場に倒れてしまった。駆けつけた秀美が面を取ると、その下に現れた顔は和憲ではなく和鷹だった……。





<<スタッフ>>