近隣との宗教的な対立をきっかけとした悲劇にみまわれながらも、
神の奇跡を求め続ける信仰篤い農場一家の姿を描く。
奇跡
ORDET
1955
デンマーク
126分
モノクロ
<<解説>>
デンマークの孤高の監督カール・ドライヤーの長編13作目。ドライヤーというと、映画ファンの間でも知るひとぞ知る映像作家だが、彼の残した決して多くない作品たちは圧倒的な存在感で映画史に刻まれている。また、誰それがドライヤーの影響を受けているという話はほとんど聞かれないが、それは、彼の作品があまりに独特で誰にも模倣できない唯一無二のものだからに他ならない。
原作は、監督と同じくデンマーク出身で牧師でもあった劇作家カイ・ムンクの戯曲「言葉」。デンマークの田舎の村を舞台に、その土地に素朴に暮す二つの一家が、同じ神を信じながらも、宗派の違いのために蔑み合う様を通し、観る者に「信じるということ」について問いを投げかける寓話的物語である。その問いについて、ひとつのヒントとなるは、劇中の「いいかげんさこそ、神への冒涜」という言葉だろう。少なくとも、「信仰を守ること」と「神を信じること」は必ずとも一致しないのである。一見するとキリスト教色が強い作品だが、テーマは一般的で普遍的なものである。すなわち、信仰持つ持たない、あるいは、神を信じる信じないにかかわらず、「何事にも誠実であるべきこと」が正しいことは変らない。
ストーリーだけを追えば、そのプロットは単純明快であり、徹底的に無駄を省いた映像と多くを語らない演技は、ひじょうに簡素で静謐な印象を与える。しかし、名作絵画を思わせる完璧な空間設定と人物配置は圧巻であり、それだけで、いわゆるデウス・エクス・マキナ的な展開にも力強い説得力を与えている。ラストシーンは、柔らかな光に包まれたような映像のかもし出す不思議な雰囲気で、観客を飲みこんでいく。その瞬間、観客は映画を忘れ、奇跡の訪れに息を呑みむだろう。本作は、感動を越えて妙に敬虔な気持ちにさせられる作品であり、それはまさに奇跡に等しい映画体験であるはずだ。
<<ストーリー>>
キリスト教信仰に篤い農場主、モルテン・ボーエンにとって、三人の息子たちは悩みの種であった。父と違い信仰心のまったくない長男ミケル。それとは反対に、神学に熱心なあまり自分をキリストだと思い込んでしまった次男ヨハネス。そして、三男アーナスは、宗派の異なる仕立て屋ペーター・ペターセンの娘アンネに恋をしていた。
モルテンは宗派の違いを理由に、アーナスとアンネの婚約に反対し続けていた。だが、ミケルの妻で臨月のインガの説得で、二人の婚約を認めつつあった。そんな時、ペーターの方から一方的に二人の婚約を拒絶されてしまった。モルテンはペーターと話し合うため、ペターセン家に乗り込んでいった。
モルテンは、信仰のためにアーナスとアンネの仲を裂くことのないようペーターを説得しようとした。だが、結局、信仰への考え方が違うことが原因で、二人は喧嘩になってしまった。そのころ、ボーエン家では、インガが難産のために命の危険にさらされていた。知らせ受けたモルテンは急いで帰宅したが、インガは赤ん坊も共に死んでしまった。それは、ヨハネスが狂気の中で発した予言の通りであった……。
<<キャスト>>
[モルテン・ボーエン]
ヘンリク・マルベルイ
[ミケル]
エミル・ハス・クリステンセン
[ヨハネス]
プレベン・レルドルフ・ライ
[アーナス]
カイ・クリスチャンセン
[インガ]
ビアギッテ・フェーダーシュピール
[ペーター・ペターセン]
アイナー・フェーダーシュピール
[アンネ]
ゲルダ・ニールセン
[マレン]
アン・エリザベス・ルー
<<スタッフ>>
[監督/脚本]
カール・テオドア・ドライヤー
[製作]
エーリク・ニールセン
ターゲ・ニールセン
カール・テオドア・ドライヤー
[原作戯曲]
カイ・ムンク
「言葉」
[撮影]
ヘニング・ベンツェン
[音楽]
ポウル・シーアベック