第一次大戦の西部戦線の実状を描いた小説の映画化。
検閲でカットされたシーンを戻したオリジナル版。
西部戦線異状なし
完全版
ALL QUIET ON THE WESTERN FRONT
1930
アメリカ
133分
モノクロ
<<解説>>
レマルクが第一次大戦での自らの体験をもとに書き、物議をかもしたと言われる同名小説の映画化。ハリウッド映画であるから、ドイツ人の登場人物が英語で話していることは目をつむるとしても、30年代の作品とは思えないディテールで描かれた戦場の様子が圧倒的で、戦争映画の最高傑作とも言われる。観る映画というよりも、戦争を体験する映画と言っても良いかもしれない。日本でもオンタイムで公開されたが、初公開時には、戦争に対して悲観的なシーンが30分もカットされた。本作は、カットされる前のオリジナル完全版である。戦場の現実をありのままに描いた映画としては、おそらく、初めてのものとなる。しかし、アメリカにとってドイツのことが他人事だったからこそ描けた内容なのであり、もし、アメリカ兵の話だったならば、傑作という評価には至らなかったことだろう。
反戦映画の代表として評価が固まっている作品だが、実は明確な反戦メッセージはほとんどないと言っても良い。なにかしらの主義主張を行なうよりも、戦場の現実をありのままを描くことを主眼とした作品と思われるのであり、反戦映画として作られたことにも疑問がある。しかし、検閲によるカットが行なわれたことを考えれば、少なくとも、検閲する側にとって、戦場において純粋な若者の命が銃弾のように消費されているという事実が不都合であったということは確かなようである。また、世界中様々な物議を巻き起こしたということも、本作が描いてはいけなかった現実を描いてしまったということの証明であり、それらのリアクションの結果として、本作が反戦映画として認められたというのが、本当のところなのかもしれない。
この映画について語られるとき、結局、第二次大戦という悲劇が繰り返されてしまったことを嘆く声がよく聞こえる。映画の発したメッセージに強く感銘を受けたとき、観客は、映画に世の中を変える力があるのではないかと期待してしまいがちで、その期待が大きければ、裏切られた時の失望も大きいものである。しかし、現実には、垂れ流しのメディアであるテレビや新聞に比べて、能動的に観いかなければならない映画の影響力は少ないようだ。その反証として、ハリウッド映画が欧米スタイルの文化を輸出したということは無視できない。しかし、それは楽観的で享楽的であったから人々に受け入れられたからであり、政治的・思想的な内容、ことに、悲劇的・悲観的なメッセージの込められた作品に関しては、少し様子が変わってくるようだ。
例えば、記憶に新しいところで、『華氏911』という作品があった。あの作品が政治的に明確な意図のある内容が世界的にセンセーショナルな話題をさらったにもかかわず、その後、世界がどうなかったかは、御存知の通りである。悲劇的・悲観的なメッセージが込められていた作品は、その内容と主義主張が合った人にとっては、少なくとも慰めにはなるかもしれない。しかし、その主義主張に反対する人、あるいは、興味のない人とっては、メッセージにいくら説得力があったとしても、内容が悲劇的・悲観的であるが故に受け入れ難く、その作品を観たり評価を聞いたりすることも避けるものである。したがって、悲劇的・悲観的なメッセージを含む映画は、一時的なムーブメントを巻き起こすことはあっても、世の中を変えるほどの影響を持つことはまずありえないのである。
本作は、悲劇的・悲観的な戦争映画であることは間違いない。しかし、もし、戦争に対する立場を肯定派と否定派に乱暴に分けたとしても、本作が双方の主張を変えるようなことはないだろう。肯定派のうちでも懸命な人は、本作に描かれる物語を厳しい現実して受け止めながらも、劇中で誰かが言った台詞のように「戦争なのだから仕方のないこと」と思うかもしれない。一方、先に述べたように、戦争否定派にとっては、物語から反戦メッセージを汲み取り、それを慰めとするのかもしれない。確かに映画に世界を変える力がないのは現実だ。しかし、戦場のありのままを捉えた映画であるからこそ、本作を肯定派の主張の確認や否定派の慰めだけに利用するには惜しい。本作を観た後に観客に本当に必要なのは、戦争に対する考え方を改めることではなく、今こうしている間にも動き出しているかもしれない幾度目かの悲劇に立ち向かっていく覚悟なのであり、それは、あらゆる立場の人に必要なのものなのである。
<<ストーリー>>
西部戦線が始まった頃のこと。ドイツのある町では、若者ポールとその友人たちが、教師のカントレックから愛国心を煽り立てられていた。カントレックの言葉に奮起したポールたちは、兵隊に志願して戦場へと赴いていった。だが、ポールたちが見た戦場の現実は、彼らが想像していた英雄的な戦いとはほど遠い悲惨なものだった。
兵隊の数に対して食料が少なく、狭い塹壕の中で砲弾に怯えて日々を過ごすポールたち。友人の一人ベームは、ストレスが溜まってついに発狂した。また、別の友人ケムメリッヒは、塹壕の外で受けた敵の銃弾に倒れ、やがて死んでいった。そして、ポールも負傷し、病院に送られることになった……。
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