19世紀のニュージーランドを舞台に、口のきけない女とその夫、
そして、夫の友人の男の三角関係が一台のピアノを中心に展開するドラマ。

ピアノ・レッスン

THE PIANO

1993  オーストラリア/ニュージーランド/フランス

121分  カラー



<<解説>>

ニュージーランドの女流監督ジェーン・カンピオンが描く、官能的な愛のドラマ。カンヌのパルムドールをはじめ数々の賞を受賞し、日本でもヒットを飛ばした。印象的なピアノのテーマ曲と共に記憶される本作は、現在でも人気が高い。また、物語の象徴でもある海底をイメージしたように一貫して青い画面も印象深い。深海の青は、ドラマの当事者たちの情熱を浮かびあがらせ、より鮮烈な印象なものにしている。
親の決めた結婚のため、ニュージーランドの僻地にやってきた口のきけない女性。夫との結婚生活を拒否していた彼女は、原住民・マオリ族と共に暮していた男ベインズと知り合う。二人はピアノのレッスンを通じ、次第に情熱的な愛の炎を燃やしていく――主人公の女性エイダにとっては望んだ結婚ではないにしても、一言で言ってしまえば、不倫の話である。普通に撮ったなら、安っぽいメロドラマになりがちな話だが、エイダと一心同体である一台のピアノを介することにより、誰も見たこともない驚くべき恋愛映画に化けた。そのピアノはまさにエイダの分身。もう一人(一台)の主人公である。エイダの体や心に見立てられたピアノは、官能的なイメージの象徴として置かれるだけでなく、言葉を発しない彼女の置かれてる状況やその時の心情を常に代弁している。エイダが悲しい時は、ピアノは雨にそぼぬれ、エイダの心がベインズにとらわれている時は、ピアノは彼のともにある。ピアノが傷つけられれば、エイダ自身も傷つき、当然、死ぬ時もエイダとピアノは一緒なのである。
美しい言葉を並べれば恋愛を飾り立てることは出来るかもしれない。しかし、その言葉がかえって美しい恋愛を陳腐にしてしまうこともありうるだろう。本作も前者のように、いかにもそれなりなロマンスに仕上ることは出来たはずだ。しかし、あえて、エイダを口のきけない女性に設定することにより、女心が言葉で説明されることを避けた。その代わり、女心を、感情が他人の解釈を挟まずダイレクトに伝わるピアノ演奏という手段で伝えることを試みている。劇中のピアノはエイダを演じるホリー・ハンター自身が演奏している。つまり、彼女は台詞を発する代わりに、ピアノを弾いているのである。従って、ピアノ演奏もハンターの芝居の一部として捉え、その調べに耳を澄ませるべきだろう。ただし、あまりに女心がありのままに表現されていため、男性の観客にとっては読み解くのが少々難しく、訳知り顔で「理解できた」などとは、おこがましくて言えないほど繊細な作品となっている。



<<ストーリー>>

1852年のスコットランド。六歳で話すのをやめ、代わりにピアノを弾くようになった女性エイダ。彼女は父親の決めた縁談のため、ピアノ教師との間に作った幼い娘フローラを連れ、まだ見ぬ夫の待つニュージーランドへ旅立った。彼女と一心同体のピアノも一緒に運んだ。荒波を乗り越え、ボートでニュージーランドの海岸に降り立ったエイダとフローラ。まだ、迎えが着いていなかったため、二人は荷物を浜に置いたまま、テントの中で夜を明かした。
翌朝、エイダの新しい夫なる入植者スチュワートが、荷物運びの原住民マオリ族の男たちと浜にやって来た。エイダたちは森の中にあるスチュワートの家へ向かうなったが、ピアノは重すぎるため、浜に置いていくことになった。エイダは自分にとって大切なピアノを運んでくれるようフローラを通じて頼むが、それは叶わなかった。スチュワートの家に着いたエイダは、早速、結婚することになったが、式を挙げることを拒否し、雨の中で記念撮影をしただけだった。記念撮影が済んだ後、すぐにドレスを脱ぎ捨てたエイダの心は、スチュワートよりも置き去りにされたピアノの方に向いていた。
エイダがスチュワートに対して心を閉ざしたまま、幾日か経った。スチュワートが仕事の都合で家を開けることになった。スチュワートが出かけている間、エイダは、スチュワート知人で今はマオリ族と暮しているベインズに頼み、自分たちが上陸した浜に連れて行ってもらうよう頼んだ。浜に着いたエイダはまだそこにあったピアノに向かい、日が暮れるまで演奏した。ベインズは、ピアノを引き続けるエイダに魅了されていった。家に帰ったエイダは、台所のテーブルに鍵盤を描き、それをピアノ代わりした。そんな彼女の様子を見たスチュワートの使用人たちは、エイダがものを話さないばかりか頭までおかしいのでは、と陰口を交わすようになった。
ある日、ベインズはスチュワートに、ピアノを弾くことに興味があると話し、浜にあるピアノと自分の土地を交換したいと申し出た。ただし、エイダからピアノのレッスンを受けることも条件の一つだった。予ねてよりベインズの土地手に入れようとしていたスチュワートにとって、それは願ってもない申し出だった。エイダは自分のピアノがベインズの手に渡ることに抗議した。だが、スチュワートは「犠牲に耐えるのが家族だ」と言うと、ベインズの家にピアノを運ぶことを許してしまった。ベインズは家に調律師を呼び、浜で風雨に晒されて音が狂っていたピアノを調律させた。エイダはピアノの音が直っているのを知ると、ベインズの家に通い始めた。だが、ベインズは自分で弾こうとせず、ただ、エイダの演奏に耳を傾けるだけだった。
ある日、ベインズは、ヒアノに向かうエイダの首筋に吸い寄せられるようにキスをしてしまった。驚いて飛び上がったエイダに、ベインズは取り引きを持ちかけた。それは、家に一回来る毎に、鍵盤を一つずつエイダに返すというものだった。エイダは黒鍵で勘定することを条件に、ベインズの提案を受け入れた。それから、ベインズはエイダが家に来る度、演奏する彼女に欲望に赴くまま要求を出していった。ある日はスカートを膝までめくらせ、またある日は服を脱がせ、露わになった彼女の肌に自分の指を這わせた。ついには、演奏をやめさせ、ベッドで添い寝するよう要求するようになった。ピアノのレッスンの間、フローラはいつもベインズの家の外で待たされていた。だが、ある日、彼女は扉の隙間からエイダとベインズが裸でベッドに抱き合っているのを見てしまった……。



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