愛する人を殺された花嫁の壮絶な復讐撃劇。

黒衣の花嫁

LA MARIEE ETAIT EN NOIR

1968  フランス/イタリア

107分  カラー



<<解説>>

ゴダールが自らの映画遍歴を披瀝した『映画史』では、その一章をヒッチコックのために費やした。ゴダールだけでなく、ロメール、シャブロルなど、ヌーベルバーグの作家にはヒッチコックを敬愛してやまないものが多いと言われている。それは、ヒッチコックが単にサスペンスの名手だからというだけはない。彼が常にパイオニアであり続けたその先駆性や、既存の映画技法を打ち破る冒険心を持っていたからこそ、新しい映画芸術を切り開こうとしていた彼らヌーベルバーグの作家たちの感心と共感を得たのかもしれない。
本作は、ヌーベルバーグの作家の中でも特にヒッチコックのファンとして有名なトリュフォーが挑んだ正統派のサスペンスである。ヒッチコックへの憧れの率直な表明とも言えるような作品であり、その気の入れようは、ヒッチコック映画に数多く関わったバーナード・ハーマンを音楽に迎えるほどだ。見下ろすようなカメラワーク、大胆なジャンプカットなど、随所にヒッチコックの色濃い影響を見ることができるが、恋人の敵の居場所を突き止めるくだりや、ショッキングな殺害シーンなど、ヒッチコックならばディテールを積み上げただろうそれらの見せ場にはまったく手をつけていないのは意外だ。殺害シーンに関しては、トリュフォー自身が手荒なことを好まなかったということもあるかもしれない。しかしながら、ヒッチコックの影響を隠すことなく見せながらも、血を見せないことに徹底して拘っているあたりには、トリュフォーのオリジナリティを感じさせる。
ヒッチコックが、追われる側、襲われる側の恐怖を好んで描いていたのに対し、本作はまったく反対で、連続殺人犯である主人公の視点からサスペンスを描いている。どちら側から描いたとしても、描かれる恐怖は表裏一体であるかもしれない。しかし、恋人を奪われた女の底なしの執念、標的から愛を告白されれても一瞬たりとも揺るぎない執念を描くことに重きを置いているところは、やはり、恋愛映画のトリュフォーである。連続殺人犯に扮したジャンヌ・モローも、ややトウがたってはいるが、この年齢だから出せる凄みを、感情を押し殺した芝居の中に見せている。
トリュフォーがヒッチコックから影響を受けたものは、派手な映画技法などの表層的なものばかりでない。観客の心理を巧みに操るマジックも受け継いでいたことが本作から見て取ることができる。たとえば、物語の主人公は連続殺人犯の上に、感情を出すことはほとんどない。まず感情移入できないような人物である。しかし、トリュフォーは、感情を出さない主人公の代わりに、彼女と恋人との想い出をつなぐ音楽を効果的に使用することで、観客に感情移入を促している。後に『クレイマー、クレイマー』でも使用されたビバルディの「マンドリン協奏曲 ハ長調」や、披露宴の入場曲の定番であるメンデルスゾーンの「結婚行進曲」がそれで、物語の重要な局面になると、結婚式の悲劇の場面と共に執拗に挿入される。それは、殺人を犯している時の主人公の心象風景であり、なまら血を見せるよりも、直接、心に迫る場面となっている。



<<ストーリー>>

結婚式の直後、教会の向かいの建物で飲んでいた五人の男たちの撃った銃弾に夫ダビッドを殺されたジュリーは自殺を計るが失敗。その後、ダビッドの敵への復讐を誓い、家族にも行く先を告げずに旅立った。
ジュリーはダビッドを殺した男たちを探し出し、一人また一人と葬っていった。そして、ジュリーは四人目の男デルヴォーの元を訪ねた。だが、デルヴォーはジュリーの目の前で、盗難者販売の容疑で警察に逮捕されてしまった……。



<<キャスト>>

ジャンヌ・モロー
ミシェル・ブーケ
ジャン=クロード・ブリアリ
シャルル・デネ
クロード・リッシュ
ミシェル・ロンダール
ダニエラ・ブーランジェ
アレクサンドラ・スチュワルト
シルヴィン・ドラノワ
リュセ・ファビオレ
ミシェル・モントフォー
ジャクリーヌ・ルイヤール
ポール・パヴェル
ジル・ケアン
セルジュ・ルソー
ヴァン・ドード
クリストフ・ブリュノ



<<スタッフ>>

[原作]
ウィリアム・ウールリッチ (コーネル・ウールリッチ)

[脚本/台詞]
フランソワ・トリュフォー
ジャン=ルイ・リシャール

[音楽]
バーナード・ハーマン

[指揮]
アンドレ・ジラール

[撮影]
ラウール・クタール

[美術]
ピエール・ギュフロワ

[編集]
クローディーヌ・ボーシェ

[現像]
L・T・C・サン・クロード

[クレジット]
F・L=ジャン・フーシェ

[監督]
フランソワ・トリュフォー



<<プロダクション>>

[配給]
アーティスツ・アソシエイツ

[フランス=イタリア共同製作]
ル・フィルム・デュ・カロス
アーティスツ・アソシエイツ (パリ)
ディノ・デ・ラウレンティス・シネマトグラフィカ (ローマ)