寅次郎が旅先で出会った一人旅の女性は有名な演歌歌手だった。
寅次郎の歌手への片想いを描くシリーズ第31作。

男はつらいよ
旅と女と寅次郎

1983  日本

101分  カラー



<<解説>>

シリーズ31作目は、寅次郎が自分と住む世界の違う有名人と出会い、わずかな間だけ一緒に旅をするという「男はつらいよ」版『ローマの休日』といった作品。そのキャスティングや「男はつらいよ」らしくない内容のために、ファンの間では異色作とも問題作とも言われている。マドンナには、役と同じ演歌歌手の都はるみ。劇中では「アンコ椿は恋の花」などのヒット曲の数々を披露。ゲストに藤岡琢也、ベンガルらを迎え、コメディ部分を盛り上げる。また、タイトルバックに細川たかしがカメオ出演。舞台は新潟・佐渡、ラストには北海道にも向かう。夢のシーンは大衆演劇風。
本作は、渥美清が都はるみのファンであったために実現した企画と言われている。これまでにも歌手がマドンナを演じることはあったが、劇中の役とそれを演じる本人が同じ職業であるのは、本作が最初で最後。役名が“都はるみ”をもじって“京はるみ”であることからも、現実と物語のシンクロ率は高い。クライマックスのリサイタルシーンでは、京はるみが「十六歳でデビューして」などと自身の半生を語るが、まさにそれは、都はるみ本人のことでもある。本作で語られる歌手の苦悩が本心から出たものだったかどうか定かでないが、都はるみは翌年にいったん歌手を引退している。
有名歌手の失踪という物語のきっかけは、日常的なテーマを描いてきた「男はつらいよ」シリーズにしては、リアリティのない大事件である。また、寅次郎あるいは“とらや”視点を中心にコメディやドラマを語っていくのが常だったのが、失踪疑惑に大騒ぎする芸能プロダクションやマスコミの姿を多角的に描いているのも、奇妙な感じだ。寅次郎側よりも、京はるみとその周辺に重心が置かれた物語であるが、都はるみという実在の歌手のイメージが前面に押し出されているために、第21作『寅次郎わが道をゆく』のようなバックステージものとも異なっている。
総合的に見れば、“都はるみvs寅さん”を呼び物にした余興的な番外編といった作品である。しかし、いつものパターンを一通りこなしつつ、かつ、マドンナが超有名な歌手でなければ描きだせない恋のにがさを描いて見せているのは、さすが、歴戦の「男はつらいよ」の貫禄といったところだろう。中盤の佐渡島でも二人旅のシーンは、寅次郎のロマンティズムが炸裂した素敵なシーンだ。しかし、ここで寅次郎がとった“有名人であることに気付かないふり”は、マドンナに優しさとして捉えられた一方、寅次郎にとっては狡さを内包した行動でもある。ベタな物語であるからこそ、寅次郎の演じる男のかっこわるい行動パターンもあけすけになっているようで、舞台を柴又に移してからの展開も辛辣だ。クライマックスでの寅次郎の佇まいの悪さは、男性の観客にとって、シリーズ中でも特に身につまされるものとなっている。



<<ストーリー>>

久しぶりに寅次郎が“とらや”に帰ってくると、博が満男の運動会のことで悩んでいた。明日の運動会を見に行くと満男と約束していたのだが、急に仕事の予定が入ってしまい、行けなくなってしまったのだ。その話を聞いた寅次郎は、博の代わりに自分が行くと言い出し、さっそく、パン食い競争の特訓を始めた。その晩、満男は、寅次郎が運動会を観に来ると知り、落ち込んでしまった。寅次郎は、満男やその周囲の家族の反応から、自分が運動会に行くことが「みっともない」ことだと思われていることに気付いた。腹をを立てた寅次郎は、次の日の朝早く、旅に出ていった。だが、運動会は雨で中止になったのだった。
五月のある日。商売で新潟にやってきた寅次郎は、佐渡島を望む港で、一人佇んでいた女性を見つけた。寅次郎が漁船に乗せてもらって佐渡島に行くことを決めると、その女性も一緒についてきた。その日、地元では、演歌の女王・京はるみのリサイタルが催されるはずだったが、直前になって中止が発表された。関係者からは、はるみが急病になったとの発表があったが、病院の名前が好評できないなど不信な点が多いことから、マスコミははるみが失踪しと考えた。実際、寅次郎と佐渡に渡ったある女性が、仕事に疲れて旅に出たはるみだった。
寅次郎とはるみは島の民宿に一緒に泊まった。寅次郎と笑いあって、開放的になったはるみは見事な歌声を披露。だが、寅次郎は、はるみのことを「どっかで見た顔」だとは思いながらも、京はるみであるとは思いもよらなかった。寅次郎がはるみのことに気付いたのは、民宿の老婆からサインをねだられそうになった時のことだった。だが、「好きな人がいたけど、駄目になった」と語っていたはるみのことを庇い、彼女と“京はるみ”とは別人だと老婆に言い張ったのだった。
翌朝。はるみの所属事務所の社長の北村やマネージャの吉岡は、はるみを方々で探し回った末、港での証言から彼女が佐渡に渡ったことを掴み、現地に急いだ。その頃、寅次郎とはるみは海岸を散歩していた。はるみはスケジュールのない自由な旅を謳歌し、海へ向けて気分良く歌を歌った。そのうち、本土に向かう船を見つけた寅次郎とはるみは、その船に一緒に乗ることに。北村たちがはるみたちを発見した時には一歩遅く、船ははるみと寅次郎を乗せ出発した直後だった。
寅次郎とはるみは、フェリー乗り場の近くの食堂で休憩し、一緒にビールを飲んだ。だがはるみは、北村たちが車でやってきたのに気付き、顔を曇らせた。はるみの表情の変化に気付いた寅次郎は、思わず、「どうしたんだ、はるみちゃん」と、彼女がまだ名乗っていないはずの名前で呼びかけてしまった。はるみは、寅次郎に自分が“京はるみ”であることを知られていたことに気付いた。だが、寅次郎がはじめは“京はるみ”であることに気付いていなかったことや、気付いてからも知らない振りをしてくれていたことを喜んだ。ついに、北村たちに発見され、五分後に出航する船に乗るよう言われたはるみ。彼女は、別れ際、「この旅は一生忘れない」と言うと、指輪を外して寅次郎に手渡したのだった……。



クレジットはこちら