寅次郎が大分の温泉で知り合った孝行青年と、青年が旅先で一目惚れした女性の恋を応援。
シリーズ第30作。

男はつらいよ
花も嵐も寅次郎

1982  日本

106分  カラー



<<解説>>

若い男女の初々しい恋を見せる30作目。マドンナに田中裕子。ゲストにスター歌手のジュリーこと沢田研二を迎える。舞台は大分。夢のシーンは往年のミュージカル仕立てで、“ブルックリンの寅”に扮した寅次郎が、“スケコマシのジュリー”(沢田)と対決。いつも夢のシーンに登場しない御前様が、神父役で登場するのが珍しい。踊りは、例のごとく松竹歌劇団。ちなみに、沢田と田中が本作での出会いをきっかけに結婚したという話は有名。
ここ近年は、様々な大人の愛の形をしっとりと見せた寅次郎だったが、本作では趣向をあらため、久々に指南に徹する。寅次郎は自分で恋をせず、礼儀として気のあるような素振りはしなくもないが、マドンナへの下心はまったくといっていいほどない。田中演じる螢子は、これまでのマドンナと比べると、寅次郎との関係性において特殊で、“マドンナ”と呼ぶべきではないのかしれない。強いて、本作のマドンナを挙げるならば、朝丘雪路演じる寅次郎の幼馴染みの桃枝がそれだろう。“とらや”に帰ってきた寅次郎が店先で出会い、十数秒後にその場でフラれるという、シリーズ最短の恋である。
本作の主人公は、実質、沢田演じる三郎(一人息子らしいけどなぜか三郎)青年である。本編でのキャラクターは、夢のシーンの軟派なイメージとは正反対の純情で素直で頼りなげな男。恋多きブ男・寅次郎と、オクテの二枚目・三郎の対決が見ものだ。ゲストとの関係は、中村雅俊が出演した第20作『寅次郎頑張れ!』のパターンであるが、マドンナとの出会いは、吉永小百合がマドンナだった第9作『柴又慕情』を思わせる。ゲスト、マドンナ交えての九州旅行のシーンのバックにシュトラウスが使われているのも、『柴又慕情』の再現と言ってもいいかもしれない。
本作で印象的なシーンとして、次のようなやりとりがある――寅次郎に頼んだばかりに、螢子にふられてしまった三郎が、思わず、「寅さんは恋をしたことがありまますか」と訊く。むすっとした寅次郎は、すかさず、「俺から恋を取ったらなにが残るんだ?」と答える――人生の意味を問う台詞であると共に、なんとも、寅次郎という人物をを象徴する台詞だ。後に、恋を経験した満男とも同じやりとりを交わすことになる。
“とらや”の団欒のシーンでは、さくらと博の馴れ初めに言及する場面が何度かある。「当たり前のように暮していけど、夫婦にはいろいろとあるものだ」と、おいちゃん言うが、本作は、どんな夫婦の間にもある劇的なプロポーズの瞬間を捉えようとした一作と言えるかも知れない。そんな、ロマンティックなテーマがある一方で、結婚の現実を捉えた次のような場面にハッとさせられる――螢子から結婚の迷いを打ち明けた寅次郎。彼はすかさず、好きな人の前でうまくものが言えなくなる男の苦悩を語る。それに対して、螢子はかぶりを降り、三郎が嫌いになったのではなく、好きだから悩んでいるのだと告白。寅次郎は、螢子が何を悩んでいるのか理解できない――寅次郎の追い求める理想と世間一般の現実とのズレが露呈した場面と言えるが、一人浮いている彼の言葉が場違いであろうとも、男性ならば素直に胸を熱くしてしまうだろう。寅次郎というキャラクターが愛される理由の一つとして、それが男性の理想を象徴するような存在であるということが、これではっきりしたと言ってもいいだろう。



<<ストーリー>>

秋のある日。“とらや”に帰って来た寅次郎は、店先で幼なじみの桃枝とばったり。家族へのあいさつもなしに女性といちゃつかれて、竜造は不愉快になった。その晩の夕食は松茸御飯。松茸が入っている、入っていないで、小競り合いになった時、寅次郎が帰ってきてからむっつりとしていた竜造の怒が爆発。昼間のことを蒸し返され、反発する寅次郎に、竜造は思わず「出て行け」と叫んでしまった。寅次郎は言うとおりに“とらや”を出て行った。竜造はさくらが止めてくれるのを期待していただけに、言ってしまったことを後悔するのだった。
“とらや”を飛び出した寅次郎が向ったのは、大分の湯平温泉。顔なじみの旅館に泊まった寅次郎が番頭の部屋で話をしていると、客である二枚目の青年がやって来た。三郎というその青年は、昔、この旅館で働いていた女中の息子だった。三郎は、母が病気で死んでしまったので、生前、母が懐かしがっていたこの旅館にお骨を持ってきたのだという。三郎の親孝行に感心した寅次郎は、さっそく番頭に坊主を呼ぶよう頼んだ。そして、三郎の母のため、旅館でお経をあげさせたのだった。
翌朝、宿を出た寅次郎は、駅に向かおうとしたところ、旅館の客だった若い女性・螢子とその友達のゆかりと一緒になり、すっかり打ち解けた。そしてまた、偶然そこへ通りかかった三郎の車に乗せてもらうことになった。九州の観光楽しんだ四人は、フェリーで東京に帰る螢子たちと、桟橋で別れることになった。すると、螢子に一目ぼれをしてしまっていた三郎が、船の出る直前、彼女に向かっていきなり、「僕と付きおうてくれませんか」と発言。びっくりした螢子は、そのまま船に乗ってしまった。寅次郎も、見かけによらず恋に不器用な三郎に呆れかえったのだった。
寅次郎は、三郎の強い勧めで、彼の運転する車で東京に帰った。母を失い孤独になった三郎は、“とらや”で寅次郎の家族との団らんを体験し、大感激。寅次郎は、そんな三郎青年と螢子の間をどうにかしてやろうと考えるのだった。数日後、寅次郎は、デパート勤めの終わった螢子を飲みに誘い出し、それとなく三郎と付き合えるかどうか尋ねてみた。だが、螢子は、相手が二枚目であり過ぎることを理由に、断った。寅次郎の帰りを“とらや”で待っていた三郎は、理不尽すぎる結果を聞いて、がっくりと肩を落とすのだった……。



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