<<ストーリー>>

2002年。高松から瀬戸内海へ出航する豪華クルーズ船で、テレビ局の局長を勤める宮城伝蔵の誕生パーティが催されようとしていた。パーティを呼びかけたのは、伝蔵に見初められてファッション界で成功をおさめた森裕美。パーティには、伝蔵の親友である沢島軍平も駆けつけた。伝蔵は妻の死後、華やかな席への出席を拒んでいたが、孫の和世の強いすすめでパーティへの出席を決意。だが、戦後から今までの間、権力の座へ上り詰めるためにあらゆる手段を使ってきた彼のことを憎むも者も多く、パーティ開始してすぐ、男に食ってかっかられるのだった。
クルーズ船の出航後、午前3時14分に惨劇が起きた。3号客室で、昼間、伝蔵に食って掛かった男が背中にナイフを突き刺して死んでいるのが発見されたのだ。裕美の甥であるボーイの正人は、事件の直前に3号室に入っていく帽子の婦人を目撃していたが、その婦人の姿は部屋から跡形も無く消えていた。翌朝、さらに恐るべき事態が船に起きていることが発覚。乗組員全員が行方不明になっていたのだ。携帯電話は船員が客から預かったままだったため、外部と連絡をとる手段も無く、船は洋上で完全に孤立してしまった。
凶器のナイフ。3時14分。煙のように消えた婦人。沢島は、それらの事件の要素が、61年前に起きたある事件と符合していることに気付いた。それは、現場にいた伝蔵にとっても、忘れ難い事件だった。沢島は、裕美や和世にその事件のことを語り始めた――1941年。ムッソリーニやヒットラーとの会談を兼ね、ヨーロッパの視察を終えた陸軍大将の山下奉文と部下の佐伯大尉は、シベリア超特急で満州への帰路についていた。山下大将が一等客車の展望車でくつろいでいると、一人の少年が走り込んできた。少年は、宮城伝蔵と言い、ドイツに映画留学をした帰りに鉄道に只乗りしたのだった。山下大将は、同じ日本人のよしみとして、伝蔵少年の旅費を持つことにし、部屋は沢島少年に提供させた。それが、伝蔵と沢島の出会いだった。
列車には、ダンサーの金芳蘭、ラトビアの彫刻家ヤーニス・クルミンス、スロバキア貴族の末裔ヴィヴィカ・リンデンバウム、アルメニアでエンジニアをしているマヌーク、ユダヤ系ベルギー人のダニエル・シルバーマンと、彼と日本人の妻との間の娘オリビアが同乗していた。金芳蘭の呼びかけで、各々の国で事情を抱える彼らの無事を祝い、乾杯することなった。金芳蘭は、車掌の運んできたグラスを山下大将が口にする前にそれをすり替えた。グラスには毒が含まれていた。何者かが山下大将の命を狙っているのだ。山下大将は、8号室に戻った直後も、車掌に化けた女性の襲撃を受けたが、幸いは事なきを得た。
山下大将が命を狙われていた頃、展望車では伝蔵とオリビアが互いの身の上を話し合っていた。オリビアは父ともにナチスの迫害から逃げているところで、日本の保護を求めて上海に向かう途中だった。一方、伝蔵は6年前に売られてしまった妹の志津を探すため、満州へ向かおうとしているところだった。意気投合した二人は、互い惹かれあっていった。ダニエルと沢島が合流し、グラスをすり替えた金芳蘭のことを話していた時、展望車にこれまで見かけない帽子の婦人がやってきて、窓辺の席に座った。婦人は窓に指で“π”の文字を書くと去っていった。
山下大将の身を案じた佐伯大尉に頼まれ、伝蔵と沢島が8号室を見張ることになった。時計が午前三時を回った頃、マヌークが3号室のヤーニスを訪ねてきやってた。間もなく、部屋からヤーニスをマヌークが言い争う声が聞こえてきたため、ダニエルが様子を見に行った。マヌークが罵声を浴びせて3号室を出てた後、ダニエルがヤーニスを落ち着かせるため、入れ替わりに部屋に入った。ダニエルが3号室を後にした頃には、ヤーニスも落ち着きを取り戻したようで、部屋は静かになった。その直後、展望車で見かけた婦人が3号室に入っていった。その一部始終を8号室の前の伝蔵と沢島が目撃していた。
3時14分。8号室の山下大将は、並走するウクライナ線の乗客が、手振り身振りでこちらの列車の異変を教えようとしているのに気付いた。その乗客は、ナイフを振り上げるような仕草をしていた。山下大将はすぐに佐伯大尉を呼び、他の部屋に異常がないか確認させた。すると、3号室のドアだけに鍵がかけられ、呼びかけても何の反応も無かった。佐伯大尉は、隣りの部屋からロープを渡し、車外から決死の覚悟で3号室に移った。部屋にはヤーヌスが背中にナイフを突き立てられて死んでいた。そして、この部屋にいたはずの婦人の姿はなかった――沢島は、そこでいったん話を中断した。いったい、誰が何のためにシベリア超特急の事件を再現したのか。
シベリア超特急の事件の経緯が分かれば、この船で起こった謎も解決できるのでは? 裕美のその問いに答えるように、沢島は、山下大将の挑んだ謎解きを語った。だが、結局、事件は数々の謎を残したまま幕を閉じ、その真相は分からずじまいとなった。真犯人を知るのは、事件と個人的に深く関わった伝蔵だけ。これ以上、被害者を出さないことを願う裕美。61年間、真相が気にかかっていた沢島。二人に強く求められ、伝蔵は重い口を開いた。その驚くべき真相、そして、現代に事件が再現された理由とは……。



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