一人生まれれば、一人死ななければならない。
姥捨て山伝説をもとに描かれる壮絶な生と死の寓話。

楢山節考

1983  日本

131分  カラー



<<解説>>

姥捨ての民話をベースにした深沢七郎のデビュー小説を、58年の木下恵介版に続いて再映画化した作品。木下版のリメイクという触れ込みだが、実際は「楢山節考」を基本的なプロットとし、そこに市川崑により映画化済みだった深沢の第二作「東北の神武たち」のエピソードを盛り込んだ内容となっている。83年のカンヌ国際映画際では、本命と言われた『戦場のメリークリスマス』と争い、見事グランプリを獲得。フランスでもヒットを記録した。
木下版は、舞台を意識した演出によって、姥捨て伝説を幻想的な御伽噺として捉えた。それに対して本作は、徹底してリアリズムを貫き、姥捨てをより現実味のある生死のドラマはとして、観客に突きつけてくる。これは、ある種、生温いヒューマニズムへの挑戦と言えるかもしれない。生死感を激しく揺さ振る物語は、あまりに明け透けに描かれすぎていて、場面によっては不快な思いをすることになるかもしれない。なにせ、女子供を生き埋めにし、老人を崖から突き落とし、おまけに左とん平が犬を犯すという、放送コードすれすれの場面が連続するのだから。いずれにしても、観る者に胸を抉るような衝撃を与える本作は、決して安心して観られるような内容ではない。観賞にはある程度の覚悟が必要となるだろう。
「人が一人生まれれば、一人死ななければならない」 残酷ではあるものの、それは自然の摂理なのである。例えば、雄を食べる雌カマキリや、ライオンの子殺はどうだろうか? 弱い物が強い物の犠牲になるということは、種をつないで行く上で、侵してはならない基本原則なのである。一方、人類は文明を育てることで、世界に合理性をもたらそうと務めてきた。しかし、人間が頭で考えて作り上げた社会よりも、野生のほうがよほど合理的かつ美しいシステムだったりするのである。本作では、物語に合の手を入れるように、時折、動物や虫たちの営みといった野生の描写が挿入される。それらは、人間の営みと対比されることで、物語に重要な意味を与えている。
村人たちは、食扶ちを減らすために躊躇いなく、むしろ誇りを持って同胞をリンチし、挙句の果てに親まで殺す。現代の感覚で考えれば、あまりに惨い光景である。しかし、それを非人間的だとして責めることが誰に出来るだろうか? 普段は誰もが知らないふりをしているが、人が一人生かされるということは大変なことであり、必ず誰かしらの犠牲の上に成り立っているのである。それは、土地にしがみ付いて生きてきた大昔に限ったことではなく、皆が食べるものに困らず豊かになったと思われている現代の世の中でも変わらないのではないだろうか。我々はそういった現実に今一度、真摯な気持ちで向き合うべきなのかもしれない。
おりん婆さんを演じた坂本スミ子は、役作りのために前歯を4本抜き、19キロの減量をして撮影に挑んだ。木下版では、同じ役を演じた田中絹代が前歯を2本抜いたという逸話が残されているが、それに倣う格好になった。主演女優の情熱が反映してか、やはり、木下版同様、母親の存在が強く印象に残ることになった。本人が誰よりも自身の死について冷静で、なおかつ常に主導権を握ってる気丈の母親の姿が強く描かれていて、暗い物語に一条の光を投げかけている。



<<ストーリー>>

楢山の麓の村。男やもめの辰平は、母・おりんと三人の子供と暮していた。村の生活は苦しく、家族を食べさせることは易しいことではなかった。村には山を崇める信仰があり、七十歳になった年寄り山へ死出の旅に出ることがしきたりとされていた。だが、辰平の父・利平は、母を山へ連れていくことから逃げ出し、そのまま行方知れずになっていた。七十に近いおりんは、しきたりに背いた利平を恥じていて、早く山へ行きたいと考えていた。一方、辰平は、自分が利平に似てきたとおりんに言われるたびに、嫌な思いをしていた。
ある日のこと。向こう村からやってきた塩屋が、おりんにとって願ってもない話を持ってやって来た。向こう村の後家を辰平の嫁として寄越すというのだ。一方、辰平の長男・けさ吉は、雨屋の娘・松やんと恋仲になっていて、晩飯時に嫁をとることを宣言した。楢山の祭りの日に、約束どおり向こう村から後家の玉やんがやってきて、辰平の家で暮らすことになった。おりんは玉やんに心配かけけないよう、前歯を石臼に打ち付けて折り、山行きが近い年寄りあることを示したのだった。
辰平には、“クサレ”と呼ばれて村の皆に嫌われている弟・利助がいた。ある夜、けさ吉と松やんのことを覗き見していた利助は、辛抱たまらなくなり、新屋敷で飼われている犬のシロに夜這いをかけた。その時、利助は、病で死にそうなっている新屋敷の父爺の遺言を立ち聞きすることになった。父爺は、先代がヒメッコ(女子)を犯しに来たヤッコ(男子)を丸太で殴り殺したために、新屋敷にたたりがあると信じていた。そこで、父爺は、自分が死んだら娘のおえいを一晩ずつ村のヤッコの花婿にすることにしたのだった。
けさ吉は松やんを孕ませると、彼女を家に住まわせるようになった。家族が一度に二人も増えた上、既に玉やんも辰平の子を身ごもっていた。そんな時、松やんが家から芋を盗み出していたことが分かった。見咎めた辰平は、松やんを崖に追い詰めるが、二度としないことを誓わせ、見逃した。だが、今度は松やんの父である雨屋が豆かすを盗みに入った。村人は総出で雨屋を捕え、しきたりにしたがって捕山様に謝らせた。実は、子供を大勢抱える雨屋は村の中でも特に生活が苦しく、松やんも家を追い出されていたのだった。
おりんは、家族が増え過ぎたことで、このまま無事に冬を越せるか心配をしていた。そこでおりんは、松やんに食べ物を与え、兄弟に食わせてやることをすすめた。松やんはおりんに従い家に帰るが、折りしも村人たちが泥棒一家である雨屋を皆殺しにする計画を立てているところだった……。



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