20〜40年代のヨーロッパを舞台に、
父と生き別れたユダヤ娘が数奇な運命に翻弄されていく姿を描くドラマ。

耳に残るは君の歌声

THE MAN WHO CRIED

2000  イギリス/フランス

97分  カラー



<<解説>>

『オルランド』、『タンゴ・レッスン』に続く、サリー・ポッターの3作目。物語は、主人公の幼少時代から始まり、彼女の成長と共に、ロシア、ロンドン、パリ、アメリカと舞台を移して行く。生き別れた父との唯一のつながりである子守唄を心の支えにして、人生の旅を続けるユダヤ娘の姿に、ジプシー青年との純愛をからめた大河ドラマ。ビゼー、プッチーニ、ベルディなどのイタリア・オペラやジプシー音楽が全編を彩っている。
主演はクリスティナ・リッチ。『アダムス・ファミリー』の頃に戻ったようなミステリアスな雰囲気で、孤独で強い意志を持つ娘を好演。相手役は、『スリーピー・ホロウ』で共演したばかりのジョニー・デップ。今回はフェロモンを発散させた男臭い役どころで、白馬への騎乗姿が映える。また、呼び物である前二名に加え、ケイト・ブランシェット、ジョン・タートゥーロといった実力派の俳優が共演。確かな芝居で画面を引き締めている。
パリを舞台とした大半のシーンは、リッチ、デップ、ブランシェット、タートゥーロの四角関係を中心にした群像劇の様相を呈してくる。ナチス・ドイツの台頭という激動の時代の中、それぞれ異なる人種や立場にある四人の共通点は、“よそ者”。ある者はその場から立ち去り、ある者はその場に留まり、また、ある者は神にひたすら祈りを捧げる。物語の終盤に向け、生き抜く手段を求めて怯え苦しむ四人の姿が悲哀を込めて描かれていく。
本作で印象的なのは、「物語を語ることに興味が無い」といったような、驚くほど覚めた語り口である。台詞による説明がほんどない上に、イメージを優先したような取り留めの無いシーンやカットは、物語へのより感情移入を拒絶するかのようですらある。奇妙とも言える語り口は、変容していく世界と自身の対比を感覚的に捉えた『オルランド』に近いようで、そのポッター独特の世界観を、戦争や人種迫害といったより現実的な背景で再現したのが本作と言えるかもしれない。



<<ストーリー>>

1927年のロシア。ポーランドとの国境付近の村で、母を亡くした少女フィゲレは、優しくて歌の上手な父アブラモヴィッチと暮していた。だが、ある日、父はアメリカへ出稼ぎに行くことになり、生活費の節約のため、フィゲレを置いて一人で旅立っていった。フィゲレは祖母と一緒に暮らすことになったが、そのうちに村が焼き討ちに会い、村を追われることになった。逃げる途中、荷車を引いていていた馬が死んでしまったため、フィゲレの手元に残ったのは。一枚の父の写真と一枚のアメリカのコインだけとなった。やがて、フィゲレは港に辿り着くが、難民として船に乗れたのは彼女一人だけで、祖母と離ればなれになってしまった。
船でアメリカに行くつもりでいたフィゲレだったが、たどり着いたのはイギリスだった。孤児として“スーザン”という名を与えられたフィゲレは、ロンドンのある家庭に引き取られた。新しい両親には「思い出は必要ない」と父の写真を取り上げられ、学校に行けば“ジプシー”と言われてからかわれる日々。そんなある日、スーザン(フィゲレ)は父が歌ってくれた子守唄を思い出して校庭で歌っているところを、音楽の教師に呼びかけられた。音楽教師は、自分がウェールズ出身のために英語で苦労をしたことを教訓とし、スーザンに歌を通じて英語を教え込んだ。
十年後、英語を覚えたおかげで、スーザンはユダヤ人であることを周りに悟られず、イギリス社会に溶け込んだ。だが、その時、既に母国ロシア語はしゃべれなくなってしまっていた。スーザンは父譲りの美声で歌が上手だったが、歌だけでは生活していけないと教師に教えられると、父の写真とコインを持って、フランス・パリに移った。そして、クラブのダンサーとして働くようになったは、ダンサー仲間のローラと一緒に安アパートで共同生活を送るようになった。ロシア出身のローラは、同じ祖国を持つスーザンの身の上に同情し、アメリカへ渡るには金持ちの男を捕まえるへきだ、と教えた。彼女は、控えめなスーザンとは違い、将来、裕福な生活を送ることに野心を燃えていた。
フィリックス・パールマン・オペラ団が、イタリアからオペラ歌手のダンテ・ドミニオを迎えることになった。ダンテの歓迎の余興に協力したスーザンは、余興に使った白馬の飼い主であるジプシーの青年チェーザーと知り合うことに。一方、ローラは、花形歌手で大きな屋敷も持つダンテに目をつけた。ローラに誘われるまま、オペラ団に入団したスーザンは、舞台の演出で使われることになった白馬と一緒にチェーザーと再会した。イタリアではファシストが台頭しつつあった頃のことだった。
ローラが持ち前の美貌を武器にダンテに取り入ろうとしている中、スーザンはチェーザーと親しく付き合ううちに、彼と恋に落ちた。ある夜、スーザンは、仲間のジプシーと一緒にいたチェーザーを見つけると、彼らの後を自転車で追いかけ、ジプシーの集落にたどり着いた。住む家を追われたジプシーたちは、廃自動車などを寝床にし、身を寄せ合って暮していた。チェーザーにとって、一緒に暮している老人は彼の親であり、少年たちは彼の子供同然だった。ジプシーたちから歌の歓迎を受けたスーザンは、お返しに子守唄を歌ったのだった……。



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