故郷の村に帰ってきた老人が十五の頃に仲を引き裂かれた従姉の思い出を語る。
野菊の如き君なりき
1955
日本
92分
モノクロ
<<解説>>
木下恵介と黒澤明は活躍したのが同時期であり、亡くなったのも同時期だったたためか、比較されることが多い。両者とも一世を風靡した偉大な映画監督ではあるが、その作風は大きく異なり、音楽で例えて黒澤がロックならば、木下はブルース。国内に目を向け続けた木下の作品は、世界的に影響を与えた黒澤と較べて古臭さく感じられるかもしれない。しかし、たとえ古臭くとも、その作品は今でも忘れかけた日本人の心に直接に語りかけ続けている。特に初期の作品には、切々と聴かせてしみじみと泣かせる木下節が端的に現れていて、その極北と言えるのが本作なのである。
物語のほとんどは冒頭に登場する老人の回想で成り立っている。回想の場面、つまりは映画のほとんどの場面は、画面が楕円形のフレームで囲われている。型破りな手法ではあるが、映像を本来のフレームからさらに限定することで、遠い日の思い出の儚さを表現しているかのようだ。
シノプシスは単純でありがちな悲恋の物語に読めるが、作品のポイントは、奥ゆかしさという日本的美徳が根底にあるところである。会いたくても会うことが許されない主人公とヒロイン。物語はことさらにストイックに描かれていくが、最後の最後になり、籍を切ったように感情のほとばしりが起こる。奥ゆかしさが前提にあってこそのカタルシスは一塩。そして、いたずらに感情を刺激されられた後、映画は突然に終わる。観客に残されるのは涙のみ。
原作の小説「野菊の墓」はその後も映画化され、66年には安田道代主演で『野菊のごとき君なりき』、81年には松田聖子主演で『野菊の墓』が製作されている。
<<ストーリー>>
年老いた政夫は自分が十五歳だった頃のことを懐かしく思い返す――政夫は、町から家の手伝いに来ていた二歳年上の従姉の民子と仲が良かった。いつしか二人は互いに恋心を意識しあうようになっていたが、民子が年頃ということもあり、親類たちは二人が会うことをよく思わなかった。政夫は民子と会うことを禁じられた後、彼女への思いを詩で手紙にしたためていたが、中学へ入学するために村を離れることになった。
やがて冬休みになり、政夫は久しぶりに村へ帰ってきたが、家に民子の姿はなかった。政夫との仲を裂こうとする兄嫁のさだの計らいで、民子は町へ帰されていたのだ……。
<<キャスト>>
[民子]
有田紀子
[政夫]
田中晋二
笠智衆
田村高廣
小林トシ子
杉村春子
雪代敬子
山本和子
浦邊粂子
(大映)
松本克平
(俳優座)
小林十九二
本橋和子
木信夫
渡邊鐡弥
松島恭子
松永功
谷よしの
井上正彦
新島勉
遠山文雄
島村俊雄
鬼笑介
竹田法一
<<スタッフ>>
[製作]
久保光三
[原作]
伊藤左千夫
「野菊の墓」
[撮影]
楠田浩之
[美術]
伊藤憙朔
[録音]
大野久男
[照明]
豊島良三
[音樂]
木下忠司
[装置]
古宮源蔵
[装飾]
山崎鐡治
[衣裳]
林榮吉
[現像]
中原義雄
[編集]
杉原よ志
[特殊撮影]
川上景司
[監督助手]
大槻義一
[撮影助手]
荒野諒一
[録音助手]
吉田庄太郎
[照明助手]
飯島博
[録音技術]
河野貞壽
[進行]
M野敬
[脚色/監督]
木下惠介
<<プロダクション>>
[製作]
松竹