甥の小学校の若くて美しい先生とその母親と親しくなった寅次郎。
だが、先生の母親は重い病を患っていた。
シリーズ第18作。

男はつらいよ
寅次郎純情詩集

1976  日本

103分  カラー



<<解説>>

『アラビアのロレンス』、『カサブランカ』といった名画をパロった夢から始まる第18作は、ダブル・マドンナ登場? 冒頭から登場する満男の小学校の先生・雅子と、後半から登場する雅子の母・綾。親子を一度に、というは新趣向だが、これまでのように寅次郎がのぼせ上がるというのとは少し違っている。ここ最近の作品では、マドンナというのは恋心を抱く対象とは必ずしも言えなくなってきていて、寅次郎と深くかかわりを持つ女性をそう呼んでいるようだ。本作の綾と雅子の親子に対しては、年齢差や状況のせいか、寅次郎も少し引いたところがあり、それは恋愛感情というより、騎士的な忠誠心に似たようなものようである。
前半パートの中で珍しい場面としては、失態を演じた寅次郎が“とらや”の面々全員に無視されあげく、あの理性的な博に一喝される一幕がある。誰も味方するものがおらず、すごすごと逃げ出す寅次郎であるが、夢のシーン以外では久しぶりに登場する鶴八郎一座との対面では、一変してチヤホヤされるというのが面白い。似たようなシーケンスはシリーズ中でしばしば見られるが、寅次郎の存在を象徴するという意味では印象に残る。その後の警察署で寅次郎の暢気な振る舞いも笑いどころだ。
満を持して登場する京マチ子。そして、マドンナが重病というある意味で反則とも言える設定。傑作の誉れ高い前作『寅次郎夕焼け小焼け』で頂点を迎えた感のある本シリーズもついに切り札を出してきたようにも思えるが、ここで切り札を使ってしまうということは、逆にいえば国民的シリーズとしての自信の現れともとれる。その証拠に、語られるテーマはやはり労働についてであり、労働に憧れながらもそれがかなわないというマドンナを通じて、テーマに対して新しいアプローチを示しているのである。
京マチ子が世間知らずのお嬢様をユーモラスに演じているのが楽しいが、物語が核心近づくに連れ、かえって悲壮感を高めていく。悲劇的な結末を予感させ、これまでになく物語は重苦しくなっていくが、その中にあって、綾の“ばあや”に扮した浦辺粂子の味のある芝居が、物語の重さを救っているようだ。いくつもの側面を持つラストは、とても味わい深いものがある。



<<ストーリー>>

“とらや”の店先で参道の様子をうかがいながらそわそわとするさくら。今日は満男の小学校の家庭訪問の日なのである。産休している担任の代わりにやってくる教師というのが、大学生みたいな若い女の先生だと聞いた裏の工場の社長は、こんな時に寅次郎が帰って来たら大変なことになるだろう、と心配。だが、やっばり、こんな時に寅次郎は帰ってきてしまうのだった。
寅次郎は“とらや”の店先で、臨時の担任・柳生雅子と出くわした。そして、ずうずうしくも博とさくらの面談に同席することに。一粒種の満男の将来を心配する博は、子供の教育のことについて真剣に話したかったのだが、寅次郎は雅子にデレデレしながら、どうでもいいような話をまくし立てた。結局、予定の時間が過ぎてしまい、博とさくらは何も話すことも出来ずに、雅子を送り出すことに。さすがの博も寅次郎の態度に憤慨し、今日こそは決着をつけようと心に決めたのだった。
近所に住んでいるという雅子を家まで送っていった寅次郎は、夕飯時にようやく帰ってきた。タイミングを見計らってちゃぶ台についた寅次郎だったが、すでに食事をとりはじめていた竜造たちは、寅次郎のことを無視し続けた。たまらず、不平を言い出した寅次郎に、さくらは「胸に手を当てて考えてごらんなさい」とピシャリ。それでも反省をしない寅次郎に、ついに博も長年我慢してた怒りを爆発させた。博に「子供を持たない義兄さんに何がわかる」と非難された寅次郎は、夕食もとらずに“とらや”を飛び出していったのだった。
数日後、寅次郎は信州の別所温泉で、見覚えのある旅芸人一座と出会った。それは数年前に世話をした大空小百合とその父親である坂東鶴八郎たちだった。鶴八郎座長と座員たちに“寅次郎先生”と敬愛されて気分を良くした寅次郎は、その晩、旅館で宴会を開いて大騒ぎ。調子に乗った寅次郎は座員全員の勘定を自分持ちにしてしまった。翌朝、一座が発った後、寅次郎は伝票の額を見て、腹をくくった。“とらや”に別所警察署から電話がかかってきた。無銭飲食をした寅次郎の身柄を預かっているという報せだった。さくらが別所までひきとりに向かうと、彼女の心配を他所に、寅次郎に警察署で気楽に過ごしていたのだった。
“とらや”に戻ってきても、いまだ反省の色のない寅次郎に、さくらは、この間の女先生の一件についても注意をした。さくらは、寅次郎が、自分の娘でもおかしくない年の女性に色目を使うことが許せなかったのだ。「仮に先生にきれいなお母さんがいて、その人を好きになるなら文句は言わない」とさくらがたとえ話をしていたちょうどその時、店に雅子が訪ねてきた。寅次郎は思わず、雅子に笑顔を向けるが、彼女の後からやってきた品の良い婦人に目を奪われてしまった。その婦人は雅子の母親の綾だった。綾は名家のお嬢様で、長らく大病をわずらっていたが、三年ぶりに退院し、こうして散歩がてら子供の頃の馴染みだった“とらや”を見にきたのだった。
その晩、綾と雅子を家まで送っていった寅次郎は、そのまま柳生家で夕食をご馳走になって帰ってきた。綾は親の政略で戦争成金と結婚させられていたが、病気を機に離婚し、今は独りなのだという。美人の母娘と一緒の優雅な晩餐に、すっかり有頂天になった寅次郎は、昼間はひとりで寂しいと訴える綾の言葉に甘え、毎日、柳生家へ通うようになった。寅次郎が柳生家に入り浸っていることは、またたくまに柴又中の噂になったのだった……。



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