<<ストーリー>>

寅次郎が“とらや”に帰ってきたのは、満男の小学校の入学式の日だった。入学式のことを覚えていた寅次郎は、竜造たちに祝儀袋を出してもらい、入学祝を用意した。ところが、満男を連れて学校から帰ってきた帰ってきたさくらの表情は沈んでいた。生徒の出席をとる時、満男が寅次郎の甥だと分かったとたちに、子供たちやその親たちが笑ったのだという。激怒した寅次郎だったが、その怒りのやり場をどこに向けることも出来ず、酒を飲みに出かけてしまった。
夜になり、酒場にいた寅次郎から“とらや”に電話がかかってきた。さくらは、旅に出ると言い出した寅次郎をなだめすかし、どうかに家に帰ってくるように説得した。気分を治して酒を飲み始めた寅次郎は、小汚い老人が店員と争っているのを目に止めた。池ノ内と名乗るその老人はどうも、金を持たずに酒を飲んでいたようだ。寅次郎は、家で苛められているであろう池ノ内を不憫に思い、彼の分の飲み代を払ってやった。そして、夜遅くに“とらや”に池ノ内を連れ帰り、二階に泊めたのだった。
翌日、寅次郎が朝早くに商売に出かけた後も、池ノ内は朝寝をしていた。つねが心配して二階に様子を見にいくと、ようやく目覚めた池ノ内は「茶を出せ」だの「風呂を沸かせ」だのと指図。他所の家だというのに横柄な態度をとる池ノ内に腹を立てながらも、つねは黙って言うことに従うことに。そんなつねを見た裏の社長は、池ノ内に抗議するが、あべこべに布団の片付けさせられるはめに。
食後のだんらん時、寅次郎は昼間の池ノ内の様子を聞かされ、可笑しくてたまらなかった。あの後、夕食にうなぎを所望した池ノ内は、たまりかねた竜造に小言を言われると、フイと“とらや”出て行ったのだという。「かわいそうな老人に孝行したと思え」と寅次郎が皆を諭していると、誰もがもう戻ってこないと思っていた池ノ内に店先に現れた。池ノ内が二階に引っ込んでしまうと、付き添ってやってきた飲み屋の店員が池ノ内の勘定を請求。怒り出した竜造たちをなだめた寅次郎は池ノ内に代わって、うなぎと飲み代しめて六千円を払うはめになったのだった。
翌朝、寅次郎は二階の池ノ内に説教をした。その時、はじめて、池ノ内は“とらや”を宿屋と勘違いしていたことに気付いた。竜造たちに迷惑をかけたことを反省した池ノ内は、寅次郎に画用紙と筆を持ってこさせると、さらさらと何やら絵のような物を描き上げた。そして、寅次郎に、「この絵を神田の大雅堂という本屋に持って行って、幾らか工面してもらって来て欲しい」と頼んだ。
こんな落書きみたいのが金になるわけがない、と思いながらも、寅次郎は商売のついでに神田を訪ねた。寅次郎の持ってきた画用紙を検めた大雅堂の主人は、はじめは馬鹿にしていたが、すぐに顔色を変えた。そして、交渉の末、なんと、その絵は七万円に化けた。実はあの老人は、日本画壇の第一人者、池ノ内青観だったのだ。青観に絵を描き続けてもらえばずっと遊んで暮せるだろう、と期待した寅次郎は、七万円を握り締めて“とらや”に急いだ。だが、寅次郎が帰りついたことには、青観は“とらや”を出て行った後だった。
老人が画伯だったことを知り、驚いたのは竜造たちも同じ。さくらに至っては、そうとは知らずに、青観に満男の面倒を見てもらっていたのだ。「人は見かけで判断するものじゃない」と寅次郎。だが、青観を帰ししまったことは、まだ心残りだった。その時、さくらは、青観が満男と遊んでいた時に画用紙に描いていた絵を発見した。だが、眼の色を変えた寅次郎と社長の間で引っ張り合いになり、画用紙は千切れてしまった。思わず社長を罵ってしまった寅次郎は、さくらたちから一身に非難を浴びることに。寅次郎は、いつも通りの結末にになってしまったことを悔やみながら、“とらや”を飛び出したのだった。
青観は故郷である播州・龍野を訪れていた。市に頼まれて、町から望む鶏籠山の絵を描くためである。青観は市の観光課の運転する車に乗り、滞在先の料亭に向かう途中、道の真ん中をほっつき歩いていた寅次郎と再会した。観光課の課長と係員は、青観と親しげに話す寅次郎を弟子か何かと勘違いし、青観と一緒に料亭に案内。そういう偶然が重なり、寅次郎は料亭で毎日ご馳走にありつき、夜は芸者たちとどんちゃん騒ぎを繰り返すことになった。観光課長と係員は、どうにか青観に絵を描いてもらおうため、寅次郎をあくまで丁重に扱った。そんな課長と係員の苦労も知らず、寅次郎は陽気できっぷの良い芸者・ぼたんとすっかり仲良くなったのだった。
寅次郎が観光課に連れられ、市の名所めぐりをしていた頃、青観はある一軒の旧家を訪ねていた。そこは青観の昔の恋人・お志乃の家であった。青観は「あなたの人生に責任を感じている」とお志乃にざんげ。だが、お志乃は「人生には後悔はつきもの」と言い、青観を許したのだった。お志乃は、人生には二つの後悔があると考えていた。ひとつは“ああすれば良かった”という後悔。もう一つは“あんことしなければ良かった”という後悔である――やがて、寅次郎が柴又に帰ることになった。寅次郎はぼたんと「いつか所帯持とう」などと冗談を言いながら、料亭を後にしたのだった。
“とらや”に帰ってしばらく経っても、寅次郎は龍野で過ごした夢のような日々が忘れられなかった。口を開けば料亭での待遇のことと芸者のぼたんの話ばかり。竜造たちは、これまで以上にわがままになった寅次郎に困り果ててしまうのだった。いつものように、寅次郎がぼたんの話をしていると、店先に聞き覚えのあるあの声がした。寅次郎が振り向くとそこには、噂のぼたんが立っていた。用事があって東京してきたぼたんが、寅次郎の顔を見に訪ねてきたのだった。
芸者という珍しい客を迎えて、いつになく愉快な夜を過ごした“とらや”や裏の工場の面々。だが、ぼたんが東京に来た理由というのは、あまり愉快なものではなかったのだっ……。



クレジットはこちら