北海道網走で出合った寅次郎とさすらいの歌手リリーの心のすれ違いを描く。
シリーズ第11作。
男はつらいよ
寅次郎忘れな草
1973
日本
99分
カラー
<<解説>>
第9作と似た股旅ものの夢から始まる第11作は、寅次郎の女性遍歴(?)の中でも特異な存在であるマドンナ、リリーが初登場する重要な作品である。これまでのマドンナは、第7作『奮闘篇』をのぞけば全員、高嶺の花であったが、今回のリリーは寅次郎と同じフーテンである。これまでの作品では、フーテンである寅次郎と高嶺の花であるマドンナのギャップが喜劇や悲劇に転じていた。しかし、リリーと寅次郎は似たような境遇であるばかりか、むしろお似合いな二人であるからして、これまでのセオリーに乗っ取った展開は望めない。そこで本作は、寅次郎とリリーのすれ違いに重点を置いたストーリーになり、大河ドラマとしてのシリーズに新たな展開をもたらすことになった。
当初、リリーをシリーズ化させる予定はなかったようで、本作一本で物語に一応のオチがついている。二人の関係は、寅次郎のリリーに対する一方的な共依存的関係にあり、そこが本作のいちばんの泣き所なのだが、リリーが第15作で再登場して以降は、二人の関係がより対等になっていく。互いにいちばんの理解者である故、恋愛感情以前に友情があり、頑固者の二人がその二つの感情の間で揺れる様子が、観客をやきもきさせるのである。また、リリーはマドンナの中でも内面がよく描かれている点でも特別だ。強さと脆さを合わせ持ち、寅次郎以上に気まぐれというリリーの性格は、マドンナという属性抜きにしても、非常に魅力的に描かれている。そういうところも、リリーがシリーズ最高のマドンナと言われ、愛されている所以だろう。
第5作『望郷篇』以来、久しぶりに寅次郎が真面目に労働する場面が見られる。第5作、あるいは、第8作『寅次郎恋歌』と似通ったテーマだが、前二作とも違う形で堅実に暮らすことの大切さを説いている。そしれは、まず、北海道の辺境で出会った寅次郎とリリーが、フーテン暮らしの哀しさを共感という形で冷静に評価するところからはじまる。寅次郎は北海道の開拓部落の酪農家と出会い、労働の厳しさを実感していき、逆にリリーはフーテン暮らしの孤独やしがらみやが切実なものとなり、堅気の生活に向かおうとする。同じフーテンでありながら、帰るところがある者とそうでない者との違いを示した展開が興味深い。
北海道の雄大な自然を描くことで、フーテンの孤独や寂しさが強調されているが、それとバランスをとるように、一家団欒のシーンがとても良く描けている。特にリリーを交えた団欒のシーンが白眉だ。工場の青年の恋の話から、寅次郎のこれまでの恋の振り返り、一気に恋話に花が咲いていくところなどは、茶の間で起こる笑いと、観客が起こす笑いをピタリと一致させることにより、一緒に団欒に参加しているかのような錯覚を与えてくれる。出演者とスタッフの間の信頼関係、ひいては、観客の作品への信頼が無くては成し得ない奇跡的な演出だ。
ちなみに、本作はテレビスペシャルとしてシリーズで唯一アニメ化された作品でもある。
<<ストーリー>>
寅次郎が“とらや”に帰ってきたちょうどその時、茶の間では御前様がお経をあげていた。寅次郎は、叔父の竜造が亡くなったものと早とちりするが、今日は親父の27回忌だった。改めて仏壇の前に座った寅次郎だったが、御前様の頭に手ぬぐいを乗せるなどのイタズラで皆を笑わせ、法事を滅茶苦茶にしてしまった。その夜、寅次郎は竜造や博と昼間の件で、「笑わせた」「笑った」の言い争いになるのだった。
さらくは幼稚園に通うようになった満男にピアノを習わせたいと思っていた。たが、アパートが狭くてピアノを置く場所がなく、そもそも先立つお金もないので、所詮は夢である――と、いったことをさくらが竜造たちに話していたのを、地獄耳の寅次郎が聞きつけた。寅次郎は「任せとけ」と胸を叩き、どこかへ出かけていった。そして、すぐに戻ってきた寅次郎は誇らしげにピアノをさくらに差し出した。だが、それはピアノとは言ってもおもちゃのピアノ。さくらと博は、大きな勘違いをしている寅次郎を傷つけないよう、本物のピアノが欲しかったことは言わないことにした。さくらたちに感謝され、機嫌良くしていた寅次郎だったが、裏の朝日印刷の社長の余計な一言により、本当のことを知ってしまった。さくらの弁解も空しく、気を悪くした寅次郎は“とらや”を飛び出したのだった。
北海道を旅していた寅次郎は夜汽車の中で、一人旅の女性を見つけた。物憂げな表情で一人涙をぬぐう女性のその仕草に、寅次郎はしばし目をやった。翌日、寅次郎は網走で商売をするが、仕入れたレコードは一枚も売れなかった。夕方、店じまいしようとしていた寅次郎は、昨夜、夜汽車で見た女性に声をかけられた。彼女は全国をどさまわりしているキャバレー歌手のリリー松岡だった。寅次郎とリリーは、同じさすらいのヤクザ者として共感を覚え、しばし黄昏た。旅の途中で触れる堅気の人たちの人生を思い、リリーは「自分たちの人生なんて、あぶくみたなものだ」と言った。そして、寅次郎とリリーは名前だけ交わし、その場で別れたのだった。
寅次郎が出て行ってからしばらくしたある日、“とらや”に北海道で農家をしている玉木という男から手紙が届いた。突然、労働をしようと思いついた寅次郎が、玉木の農家を訪ねてきて、報酬を望まず仕事の手伝いをしたいと申し出たのだという。ところが、一日目は真面目に働いていたものの、二日目にはバテてしまい、三日目に熱射病に罹って倒れてしまったらしい。さくらは、玉木一家に迷惑をかけている寅次郎を迎えに北海道へ向かった。
さくらに連れられ柴又に帰ってきた寅次郎は、“とらや”の二階で療養していたが、竜造が自分を「居候」と呼んだことに憤慨。怒った勢いで、「北海道で自分を鍛えなおしてくる」と言い、寅次郎は“とらや”を出た。ところが、店先で、帰郷してきたリリーとばったり出くわし……。
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