寅次郎が下宿人の大学助教授と幼なじみの美容師の恋の取り持ち役に?
シリーズ第10作。
男はつらいよ
寅次郎夢枕
1972
日本
95分
カラー
<<解説>>
“マカオの寅”が活躍する無国籍アクション風の夢から始まる第10作。これまでの作品は、寅次郎のフラられ方のバリエーションで見せてきた感があったが、今回は筋運び自体の面白さで見せる。ことごとく予想を裏切る展開に手に汗握らされ、あっと驚くクライマックスは前作までの「男はつらいよ」ファンなら寅次郎と一緒に腰を抜かせてしまうに違いない。
“とらや”の二階の下宿人が男性という時点で、イヤな展開が予想されるが、さらにそこへ来て、幼なじみの女性の登場である。博曰く“はじめてのケース”であり、「男はつらいよ」はじまって以来の危機、といった感じのシチュエーションが期待を高める。普段通りに、帰宅してきた寅次郎が幼なじみの千代に惚れるという展開になるかと思いきや、そうはいかず、下宿人の助教授が千代に惚れるという展開が意表をついている。蚊帳の外の寅次郎はというと、助教授の相談役に。これは中期から度々登場する指南編の原型と言えるだろう。
とは言え、寅次郎はすんなりと指南役に回らないところが、本作の面白いところである。助教授が千代に恋をしているのに気付いた寅次郎は、まずはじめは、それをからかおうとするのである。散々恋に狂ってきた人間としてはあるまじき態度だが、恋愛をなおざりにした罰として、他人にやったその意地悪が、驚くべき結末として、ちゃんと自分に返ってくるのである。
田中絹代が登場する旧家の場面は、旅先で没する運命にある渡世人の孤独を描いた印象的な挿話だが、その前後のクラッシック音楽を使用した叙情的な場面も印象深い。前作は寅次郎と歌子の交流の場面で、前々作では貴子の息子との交流の場面で、それぞれシュトラウスの「春の声」が効果的に使われている。本作でも、登場人物の助教授の趣味が音楽鑑賞ということもあり、時には叙情的に、時には喜劇的に、これまで以上にクラッシックが多様されている。寅次郎とクラッシック、というとミスマッチに思えるが、浮世離れした寅次郎のキャラクターにはクラッシックを使った仰々しい表現が意外と合っていたりするのである。
本作で、旅先の寅次郎からの手紙で締めくくるラストがはじめて登場する。本作をもって、シリーズのお決まりのパターンがすべて出尽くしたといったところだろう。また、前回で再登場した登がニ作続いて登場しているが、なぜか本作以降ぱったり出なくなる。ちなみに、次に登場するのは、なんと十二年後の第三十三作である。
<<ストーリー>>
故郷・柴又に帰ってきた寅次郎が、帝釈天の境内で耳にした聞き捨てならない言葉。「勉強しないと寅さんみたいになっちゃうよ」 近所の主婦のその言葉に気分を悪くした寅次郎は、まっすぐ“とらや”に帰らず、裏の梅太郎社長の工場に乱入。「自分が留守の間に悪口を言っているのだろう」とわめき散らした。“とらや”の面々は寅次郎の怒りを静めようと、慌てて寅次郎の人柄を誉める振り。これが思いのほか効果をあげ、寅次郎は家族を誤解していたことを深く反省したのだった。
その夜、寅次郎が改心したことを知り、御前様が“とらや”へお祝いに駆けつけた。「改心もしたことだし、あとはお嫁さんだけだ」と社長。寅次郎もその気になり、翌日から嫁探しがはじまった。とろこが、竜造、社長、博が総出で柴又界隈をあたってみたものの、寅次郎の名を出しただけで、相手から断わられてしまった。結果を知って怒り出した寅次郎は“とらや”の面々と喧嘩をした末、「おれがいつばんつらい思いをしてるんだ」と叫んだ。だが、さらくに「いつばんつらいのはおいちゃんたちのほうかもしれない」と言われ、言い返せなくなった寅次郎は、そのまま“とらや”を出て行ったのだった。
長野の田園地帯を旅していた寅次郎は、立ち寄った旧家の奥さんから、この家で行き倒れになった旅人“伊賀の為三郎”の話を聞き、形見の品を見せられた。為三郎の墓参りをし、宿に帰ったその夜、ふすま隔てた隣りの部屋から、寅次郎と同じ調子で口上を述べる若い男の声が聞こえてきた。声の主は登だった。再会を喜んだ二人は一緒に旅をした。だが、次の日、寅次郎は登に「一日も早く足を洗え」と置手紙を残して姿を消したのだった。
その頃、“とらや”では、御前様の甥である東大理学部助教授・岡倉新之助が、二階に下宿することになっていた。岡倉は無口な変わり者だが、何十年に一人という天才なのだという。岡倉の引越しの一方、“とらや”の店先にさくらの幼なじみである千代が訪ねてきた。二年ほど前に夫と別れ、柴又に戻ってきた千代は、近所に美容院を開くことになったのだ。千代の登場に、竜造は寅次郎が帰ってくることを恐れた。だが、その危惧通り、夕食時に寅次郎が帰ってきてしまった。ちゃぶ台の自分の席に座り、挨拶もなくたくあんをほおばる岡倉を目ざとく見つけた寅次郎は、せいいっぱいの嫌味を言って“とらや”出て行こうとした。だが、ちょうどその時、千代が訪ねて来た。寅次郎は、幼なじみの“おちよぼう”との何十年ぶりかの再会に、満面の笑みとなり、出発を取りやめに。一方、竜造や博は、「最悪の事態」になったと頭をかかえるのだった。
翌日から、寅次郎は千代の美容院に通い、開店の準備の手伝いをするようになった。千代も男手に困っていたので、寅次郎に心から感謝するのだった。一仕事終え、寅次郎と千代が“とらや”で休憩していた時のこと、岡倉が帰ってきた。岡倉はさくらから千代を紹介されると、急に顔色を変え、挙動不審に。岡倉のただならない様子を見た寅次郎は、彼が千代に一目惚れをしたことに気付いてニヤニヤ。それから寅次郎は、岡倉の前で千代の話をして、彼の反応を面白がるようになった。岡倉は千代のことで頭がいっぱいになってしまい、予定されていたアメリカ行きも取りやめにしてしまった。一方、そんな岡倉の気持ちを知らない千代は、寅次郎という楽しい兄のいるさくらのことをうらやましく思うのだった……。
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