「人は一人では生きていけない」と悟り、結婚を決意した寅次郎が、
故郷・柴又で喫茶店を営む未亡人に恋をする。
シリーズ第8作。
男はつらいよ
寅次郎恋歌
1971
日本
114分
カラー
<<解説>>
問題作とも言われている前作『奮闘篇』はとてもかなしい作品であったが、ひたすら寅次郎のこっけいな挙動を笑ってきたコメディからすれば、意外な収穫だった。あれは、シリーズの方向性を見出すために必要な荒療治だったのかもしれない。その証拠に、これ以降は、もう愚かなだけの男が描かれることはなくなった。思えば本作に至るまでの初期の数作は、試行錯誤の繰り返しであると共に、ほんとうに密度の高い作品ばかりである。そして、その一つの到達点が本作なのかしれない。特に今回は、寅次郎のセンチメンタルな面が強調され、前作とはまた別の意味でせつない一作となった。初期のシリーズを語る上で最も重要な作品であり、最高傑作に選ぶファンも少なくない。
本作は、寅次郎が“とらや”の近所に暮す女性に恋をする“旅をしない”作品である。初期の作品では特に珍しくないが、全シリーズを見渡せばやはり異色な印象を受ける。まず、寅次郎が“とらや”に帰ってくるというお決まりのシーンだが、いつものパターンを逆手に取り、今回ばかりは“とらや”の面々が申し合わせ、寅次郎を歓迎。ところが、寅次郎は厄介ものであるはずの自分が歓迎されるという白々しさに気付き、腹立を立てるのである。このエピソードにはじまり、本作は一貫して孤独というものにこだわっているようだ。
寅次郎がなぜ孤独なかといえば、それは彼がやくざ者だからである。近所の人は「勉強しないと寅さんみたいになっちゃうよ」と子供に吹き込む。この痛烈な言葉から分かるように、堅気の人間と寅次郎の間には、目に見えない溝が確かにあるのである。その溝がある限り、寅次郎はいつどこにいても孤独なのである。少なくとも、旅をしている間は一人でいることが当たり前だから、孤独は感じずにすむ。しかし、たまに故郷に帰ってくるとき、彼は溝の存在、つまり、孤独をいっそう意識することになる。堅気とやくざの溝。それが本作の重要なテーマであり、ひいてはシリーズ通してのテーマの一つとなっていく。
ここで注目したいのは、寅次郎の決め台詞の変化である。これまでの決め台詞は「それが、渡世人のつれえところよ」だった。これは、寅次郎がキザにきめながら口し、やくざ家業であることへの開き直りや照れも含まれた喜劇的な台詞である。しかし、本作では、寅次郎の名台詞としてもっとも浸透している「それを言っちゃあ、おしまいだよ」がはじめて発せられ、これ以降頻繁に使われるようになった。この言葉は、もちろん「親しき仲にも礼儀あり」という意味だが、寅次郎の口から発せられると多少ニュアンスが変わってくる。それは、堅気である“とらや”の面々とやくざ者である寅次郎の間に一線を引く、という意味にもとれる。喜劇的な前者の台詞に較べると悲劇的な台詞だ。
本作のテーマは、マドンナと恋の顛末にも端的に現れている。いつもならば、第三者の登場などといった何かしらの障害が原因で、マドンナとの別れが訪れるのだが、今回はシリーズはじまって以来の意外な展開を見せる。寅次郎という存在の本質に迫る重要な部分だ。マドンナとの恋の決着がつく直前に、寅次郎が商売に失敗し、現実の厳しさに屈してしまうという場面がある。寅次郎の憧れている堅気の安定した生活が、彼にとっても最も苦痛になる生き方であることを想像させる場面だ。家族が帰りを待っている故郷を持ちながらも、旅こそが彼の一番の安らぎであるというジレンマ。また、旅は安らぎの場であると共に、現実からの逃げ道でもあるのだ。
次作からの冒頭の夢のシーンにたびたび登場することになる坂東鶴八郎一座の座長が本作の冒頭に初登場。また、いつも寺男を演じている佐藤蛾次郎が出演していない(よってクレジットも無し)作品でもある。そして、第一作より“おいちゃん(おじちゃん)”を演じてきた森川信は、本作公開の直後に没してしまったため、最後の出演となった。
<<ストーリー>>
博の母親が亡くなった。博の故郷・岡山で母親の葬儀が営まれたが、ちょうど近くまで来ていた寅次郎が式に駆けつけ、博とさくらを驚かせた。葬儀の後、博の父親〓一郎はこのまま岡山で暮らすことを決めた。博や博の兄弟たちは帰っていったが、寅次郎は〓一郎に引き止められ、しばらく一緒に岡山の家に暮すことになった。
一人ぼっちになった〓一郎から、「人は一人では生きていけない」と諭された寅次郎は、本気で身を固めようと決意し、柴又に帰ることに。ところが、柴又では折悪く、美人の未亡人・貴子が越してきたばかり。案の定、“とらや”に帰ってきた寅次郎は貴子に一目惚れしてしまうのだった。
貴子には悩みがあった。その一つは、小学校に通う一人息子・学に友だちが出来ないことである。そして、そんな時に寅次郎が現れたのだ。貴子は学の遊び相手になってくれる寅次郎に素直に感謝した。自分が気に入られていると思った寅次郎は、貴子の営む喫茶店に通い詰めていた。だが、ある日、彼女が借金取りに追い込みをかけられていることを知ることに……。
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