<<ストーリー>>

1936年の226事件では、武装蜂起した青年将校たちに多くの逮捕者を出した。山下奉文陸軍大将は青年将校たちに同情的であったが、彼らが処刑されたことについてはなぜか沈黙を守った――
現代の日本。一人の老作家がインタビューにやってきた二人の記者に、満州のホテルで起きた不思議な殺人事件の顛末を語りはじめた――満州のはずれマンチューリ。満州鉄道の駅に隣接した、かつてのロシア将校の別荘を改装した菊富士ホテルは、混乱の満州国とはまるで別世界であった。だが、ボーイとして働いていた後の老作家である少年は、これからここで殺人事件を目撃することになるのだった。
それは、第二次大戦前夜のある夜のことである。満州鉄道が線路の爆発で足止めにあり、乗り合わせていた乗客が復旧までの間ホテルに宿泊することになった。ホテルに次々とやってきたのは、社交界の歌姫・楊玲玲(ヤン・リンリン)、スペイン大使館の書記官・池波、事業家・田宮と愛人・片岡双葉、田宮に金で買われた中国少女・メーファン、置屋の女将・立花迪子、神宮寺伯爵夫人と息子の嫁・河津信江、ドイツ帰りのドクトル・家入歌子。そして、乗客の中には、ヨーロッパ視察の帰路にあったあの山下大将と部下の佐伯大尉の姿もあった。
部屋に案内されて早々、山下大将はメーファンに頼まれ、田宮と部屋を交換することに。一方、佐伯大尉は荷物の中に「二・二六」と書かれた脅迫じみたメモを発見していた。
ラウンジでの夕食時、佐伯大尉、ドクトルと同席していた山下大将のもとに田宮がやってきて、いきなりピストルを取り出して見せた。ピストル二千挺を山下大将の権力で裁いて欲しいという相談だった。
午後十一時頃、田宮の宿泊する306号室からメーファンの悲鳴が響いた。佐伯大尉が部屋に駆けつけると、メーファンが青い顔をして「旦那さまが…」と呟いた。ドクトルは寝室に入り、田宮の様子を確認。その結果、田宮はアヘンを吸した直後にメーファンの体を求めようとしたため、興奮のあまり心臓発作を起こしたと診断された。田宮はドクトルに鎮静剤を打たれ、騒動は収まった。
午前零時頃、山下大将は田宮に電話で部屋に呼び出された。先ほど山下大将が断わった商売の件でもう一度話をしたいのだという。ところが、306号室を訪ねた山下大将が見たものは、ベッドで胸から血を流して死んでいる田宮の姿だった。生憎、外は大嵐のため、警察はすぐに来れなかった。ホテルの従業員が警察を予備に行っている間。佐伯大尉とドクトルがボーイを助手につけ、ラウンジに呼び出した客一人ひとりに事情を尋ねることに。
まず、事件発生前後の全員の行動の確認から始まった。神宮寺夫人と信江は就寝していて、騒動を聞きつけて目覚ましたのだという。玲玲と双葉は部屋で一緒に酒を飲んでいて、その場にはメーファンもいたことをボーイが目撃していた。ドクトルと迪子は風呂に行っていて、そこでノゾキに遭っていたのだという。そもそも、事件前後には佐伯大尉とボーイが廊下に居たため、彼らの目を盗んで306号室に入ることは不可能だった。唯一、アリバイのとれていなかった池波も、スペイン時代に自殺を遂げた恋人イサベルのことで玲玲ともめていたことを告白。気分を変えて風呂に浸かっていた池波は、ドクトルたちにノゾキに間違えられのだという。
一人ひとりに事情を訊いた結果、誰にも田宮を殺害する動機はなかったが、神宮寺伯爵夫人と信江が山下大将を恨んでいることが発覚した。神宮寺伯爵夫人は、226事件にかかっていた息子の除名を山下大将に頼みつづけたが、聞き入れてもらえず、結局、息子は処刑されてしまったのだ。
全員にアリバイがあり、全員に動機がない。では、いったい誰が田宮を殺害したのか。ある決定的な証拠を手に入れたドクトルは、ラウンジに関係者全員を集めると、事件の真相を語りはじめた。そして、ドクトルは、犯人として意外な人物の名を口にした……。



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