第二次大戦前夜、陸軍山下大将の乗ったシベリア鉄道で連続殺人事件が発生。
映画解説者の水野晴郎が製作・脚本・監督・主演・作詞したサスペンス。

シベリア超特急

( シベリア超特急 劇場公開完全版 )

SIBERIANE EXPRESS

1996  日本

90分  カラー



<<解説>>

「金曜ロードショー」の解説でおなじみの映画評論家・水野晴郎が自らの映画人生40周年を記念し、低予算で完成させた娯楽作。タイトルは『バルカン超特急』。クレジットは『北北西に進路を取れ』。ストーリーは『オリエント急行殺人事件』と『見知らぬ乗客』。さらに『断崖』などのパロディが随所にちりばめられた、遊び心いっぱいの内容となっている。
このまま、“往年のサスペンス映画にオマージュを捧げた作品”として終わったのであれば、心ある映画ファンに愛される余興的な小品となったかもしれない。しかし、低予算に由来するチープな完成度が話題となり、テレビやネットで“問題作”として騒がれることになってしまった。それが、水野氏にとって不遇だったのか、はたまた幸運だったのかは分からないが、結果として一大“シベ超”フィーバーが巻き起こり、現在進行中の“カルト”シリーズになったのはご承知のとおりである。
“カルト作”として楽しめるかそうでないかに関わらず、本作を駄作とする評価は少なくない。しかし、本編のほとんどに関しては、意外とちゃんとした劇映画に仕上がっている。水野氏の手がけた部分の善し悪しは別として、それを素材に撮影・編集を行なったプロの仕事は丁寧かつ良心的なのだ。むしろ、映画としてデタラメな作品を作っている映像作家気取りの連中にこそ、本作のスタッフの真摯な姿勢を見習ってほしいものである。
水野氏は映画製作に関してはほとんど素人であるのだから、そのレベルは推して計るべきであり、ましてや揚げ足をとって笑うことは水野氏に対して失礼である。しかしながら、朴訥としたシーンと緊迫したサスペンスの噛み合わないことといったら、なるほど可笑しい。しかし、本作を“カルト作”とせしめたのは、水野氏が表現者として越えてはならない一線を越えてしまったことに他ならない。つまりそれは、映画製作のモチベーションが、サスペンス映画へのオマージュや反戦メッセージ以上に、本来、作品の付随的な部分であるはずの“水野晴郎が陸軍山下大将を演じる”ということに偏り過ぎている点である。
山下大将を気持ちよく演じる水野氏の姿は、時には微笑ましく、時には禍禍しい。それを観る者は、不快感と好奇心の入り混じったような奇妙な感覚にとらわれ、戸惑いを覚えることだろう。特に劇場公開版のどんでん返しは、氏の精紳の深淵に触れるような衝撃的なシーンの連続。氏の過剰なまでの思い入れの強さは、一種のエンターテインメントになりえているが、映像にのめりこみすぎると危険である。観終わった後には「今、『シベリア超特急』という映画を観ていた」という自己確認の励行を強くおすすめしたい。
クレジットの後に2回のどんでん返しが用意された『劇場公開完全版』は、劇場公開後しばらく封印されていたが、1999年2月24日に関東地方でテレビ放映された後、ビデオソフト化された。また、『劇場公開完全版』の他にも、『ディレクターズカット・アメリカ版』、『ハンガリー・バージョン』、『ダブル・マーダー・バージョン』、『アリゾナ国際映画祭ヴァージョン』など無数のバージョンが存在する。



<<ストーリー>>

第二次世界大戦前夜の1938年。イルクーツクから牡丹江へ向かうシベリア鉄道に、様々な人種、民族の乗客の姿があった。その中には、ヒットラーと会談し、日本がソ連へ侵攻をしないことを約束してきた山下泰文陸軍大将とその側近、青山一等書記官、佐伯陸軍大尉の姿もあった。
青山書記官は車内の廊下で昔の恋人と似た契丹人の女性李蘭と出会い、心を奪われた。彼女のいる1号室を何気なくのぞいた青山書記官は、李蘭が消えて別の女性が彼女に成りすましているのを見つけることに。他の部屋で李蘭を探した青山書記官と佐伯大尉は、4号室と6号室から何も応答がないことに気づいた。
青山書記官らから報告を受けた7号室の山下大将は、6号室のポーランド人の女優グレタ・ペーターセンが李蘭に化けていると推理。2号室のウイグル人カノンバートルも怪しいとにらんだ青山書記官は、彼女が廊下に出ているうちに部屋を調べ、彼女と彼女の妹と思える女性の写真を発見した。青山書記官が2号室から7号室に戻ると、カノンバートルが部屋に飛び込んできて、3号室のドイツ人ユンゲルス中佐が殺されていることを報せた。
ユンゲルス中佐の様子を、佐伯大尉と確認に行った青山書記官は、直感的に山下大将が危険だと悟り、7号室へ取って返した。すると、5号室のポーランド人の商人ゴールドストーンが拳銃を振りまわしていた。ゴールドストーンは、日本のソ連侵攻を信じるナチスから、彼の家族の命を助ける条件で、山下将軍を殺すよう命令を受けていたのだ。青山書記官らに追いつめられ、列車の屋根に逃げたゴールドストーンは、そのまま転落してしまった。
ナチスの刺客は自滅した。だが、山下将軍の前に別の意外な人物が刺客として立ちはだかった……。



クレジットはこちら