高度成長期前夜の大阪のある一本の河を舞台に、
食堂に暮す少年とその対岸の舟に暮す少年の交流を描くドラマ。
宮本輝原作、小栗康平第一回監督作品。

泥の河

1981  日本

105分  モノクロ



<<解説>>

寡作の監督・小栗康平のデビュー作で、宮本輝の太宰治賞作を映像化した文芸物。高度な技術を排したモノクロのシンプルな映像の中に、戦後十年目の大阪で出会った少年たちの姿を繊細に描き、海外でも高い評価を受けた。
「もはや戦後ではない」という文句が流行語となり、高度成長期に向かおうとしていた昭和30年代という時代が舞台。だだ、皆が高度成長期の波に乗れた訳ではなく、夢のように終わってしまった戦争の後遺症を抱えて暮していてる人々もあった。劇中、繰り返し用いられる死のイメージから、そんな当時の市井の雰囲気が窺われてくる。
物語は、高度成長とは縁遠い二つの家庭の間で語られていく。食堂の少年が貧しい少年と出会い、やがて別れるという一夏の出来事が軸ではあるが、田村高廣演じる父親の存在感も大きい。シベリ抑留から戻ったものの、日本の実情に絶望していた彼。設定や言動から察するに、戦後直後はやさぐれた生活を送ってきていたようだが、現在は、歳をとってから生まれた息子を心の支えとして生きている。息子に愛情をいっぱいに注ぐような彼のユーモラスな表情が、暗く重苦しい物語の一筋の光となっている。
製作されたのが八十年代ということにも注目したい。物語の舞台となる安治川の二十五年前の様子をディテール豊かに再現できたことが、まず驚異。そして、高度成長期の遺産を食いつぶしていたようなあの時代にふと足を留まらせ、現在の日本繁栄の基盤となる戦後を、ノスタルジーを排して冷静に振り返ったことにも意味があったようだ。



<<ストーリー>>

昭和三十一年、大阪。河べりに小さな食堂を営む一家があった。“なには食堂”の主・板倉晋平はシベリア帰りで、現在の妻・貞子はかつての愛人だった。晋平が故郷・真鶴の前妻・房子と別れ、貞子と一緒になった後、彼が四十過ぎた頃に一粒種の信雄を授かった。その信雄ももう小学校三年生である。
ある日、店に荷車を引いたた耳の欠けた男が客として訪ねてきた。その男は、晋平と貞子が一緒に店を始めた当時の最初の客だった。きんつばを食べ、店を出た男は再び荷車を引いて行ったが、橋の上に差し掛かったところで馬が暴れ、荷物の下敷きになって死んだ。その一部始終を見ていた信雄は父に知らせた。旧い知人のあっけない死を目の当たりにし、晋平は感慨にふけった――戦争で死んだほうが楽だったのかもしれない……。
いつの頃からか、店の対岸に舟が就いていた。中で生活することができる宿舟である。そんなある雨の日、信雄は橋の上で雨にぬれる一人の少年と出会った。少年は、この河に住むというオバケ鯉を探しているのだと言った。松本喜一と名乗るその少年は宿舟の住人だった。翌日、信雄は喜一に連れられて宿舟に遊びに行き、喜一の面倒見の良い十二歳の姉・銀子と出会った。舟には喜一の母・笙子もいるようだったが、姿は見せず声だけが聞こえてきた。その声は「あんまりここには来ないほうがいい」と、銀子を通じて喜一に告げた。
ぼんやりと外の河を見つめていた信雄は、たった今までゴカイ採りをしていた老人の姿が、舟の上から消えたことに気付いた。信雄は慌てて父に知らせた。どうやら、老人は舟から落ちてしまったようだったが、警察に話しても信雄のその主張は聞いてもらえなかった。捜索も行なわれたが、二メートルもの泥が沈殿する川底から老人の姿は発見できなかった。信雄は、老人があのオバケ鯉に食べられてしまったと思うのだった。一方、晋平は、この騒動をきったかけに対岸の宿舟の正体を知ることになった。かつて、あの舟の主は腕の良い船頭だったが、主が死んだ後、舟は郭舟となり、未亡人が体を売って生計を立てているだという。
その夜、晋平は信雄に夜は舟に行かないように言い聞かせた。信雄は父との約束を守る代わりに、喜一と銀子を店に招いた。喜一は夕食をご馳走になった礼に、父から教わったという軍歌を歌ってみせた。その歌は晋平が満州で聴いた歌だった。喜一の父も晋平と同じ戦争の“生き残り”だったのだ。喜一と銀子が帰った後、晋平は相次ぐ“生き残り”の“スカ”みたいな死に方を憂いだ――世の中には今の朝鮮戦争で儲けている者もいるというに、自分たちは“スカ”みたいにしか生きられないのだろうか……。
そんなある日のこと、突然、病床の房子が遣いを寄越し、「信雄に会いたい」と言ってきた……。



<<キャスト>>

田村高廣
加賀まりこ
朝原靖貴
柴田真生子
桜井稔
西山嘉孝
蟹江敬三
八木昌子
初音礼子
殿山泰司
松田明
鈴木淳
麻生亮
小島勇
南たかし
北川レミ
下西三保子
芳賀洋子
西川直樹
村東慶一
森山紹秀
葉隠柳
中野耿一郎
芦屋雁之助 (特別出演)
藤田弓子



<<スタッフ>>

[製作]
木村元保

[原作]
宮本輝

[脚本]
重森孝子

[監督]
小栗康平

[撮影]
安藤庄平

[照明]
島田忠昭

[録音]
西崎英雄
平井宏侑

[美術]
内藤昭

[音楽]
毛利蔵人

[編集]
小川信夫

[音響効果]
本間明

[助監督]
高司暁

[製作補]
藤倉博

[演出助手]
浅田英一
佐々木伯

[撮影助手]
松川健次郎
喜久村徳章
渡辺聡

[照明助手]
安河内央之
小綿照雄
吉角荘介

[録音助手]
佐久間猛
神川朗

[装飾]
安田彰一
石田和彦

[美術助手]
細石照美

[編集助手]
島村泰司

[記録]
八巻慶子

[ネガ編集]
南とめ

[製作助手]
吉村光男
綿引洋
山本政信
堀山博子

[衣裳]
京都衣裳

[メイク]
岡本技粧

[装飾]
高津映画装飾

[演奏]
東京コンサーツ

[録音所]
東宝録音センター

[現像所]
東京現像所

[製作]
木村プロダクション