運転免許の取得に一念発起した映画スターの奮闘を描くコメディ。
免許がない!
製作年 | 1994
年
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製作国 | 日本 |
上映時間 | 102
分
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色彩 | カラー |
テレビドラマ「あぶない刑事」で二枚目半の演技が評価された舘ひろしが本作的に挑戦したコメディ。脚本は森田芳光。企画はオムニバスシリーズ「バカヤロー!」の鈴木光。監督は「バカヤロー!」の四作目で監督デビューした明石知幸で、本作が初の長編となる。自動車学校および合宿所が物語の舞台であり、西岡徳馬、片岡鶴太郎、墨田ユキ等の個性的な俳優が教官に扮する。「あぶない刑事」で舘の上司役だった中条静夫も映画会社の重役役で出演。1998年にはやや社会派寄りの姉妹作『お墓がない!』も作られた。
主演の舘が扮するのは、90年代半ば当時にも既に絶滅しかけていたであろうステレオタイプな映画スター。キザな言動はお得意だが、いい大人になのに世間知らずで、一人では何もできない。そんな彼が共演した女優の何気ない一言から、運転免許を取ろうと決意。映画の中ではカー・アクションを演じていながら、現実ではまだ免許を持っていなかったのだ。彼はまるで出征するかのような神妙さで、地方の自動車学校の合宿に参加するのだが、そこで出会ったのは、ひと癖もふた癖もある指導教官たち。映画スターとしての意地とプライブをかけた男の孤独な戦いが始まる。
まだ自動車を持つことがステータスだった時代。免許すら持っていないことは恥だったということもあろうが、「あぶない刑事」や石原プロの諸作品ではカー・アクションが付き物という前提があったからこそ、舘があろうことか無免許というギャグが成立していた。今観ると、そのこのところの可笑しみがピンとこないのかもしれない。しかし、免許取得という、ちょっぴりやっかいだが、人生の一大事にはなりえない事件を、コンプレックスを克服していく男の成長物語として大げさに描いてみせるという、一捻りした馬鹿馬鹿しさは、今でも十分伝わるであろう。
物語はほぼ主人公の視点だけで進行する。彼が関わるのは、映画スタッフと自動車学校の教官ばかりで、他の教習生や第三者との関わりほとんどない。事件らしい事件も起こらないため、物語は平板で広がりがない印象である。コメディ的な大仕掛けはあるものの、概ね、技能教習と試験の各段階をなぞっていくだけであるが、教習の様子の描写に注力した分だけ、自動車学校や教習所に通った経験のある人の共感を誘うような内容になっているところは評価されたい。運転免許が取得できる年齢になってすぐに取得した人はそうでもないかもしれないが、特に、成人してから免許を取った人ならば、頷けるところが多いのではないだろうか。
運転免許に限らず、英会話でもスポーツのライセンスでも良いが、大人になってから人からものごとを教わるというのは、なんと気恥ずかしいものであろうか。普通の学校とは違う緊張感と、講師や教官との抜き差しならない関係は、あまり気持ちの良いものではないし、それが好きなことであればまだ良いが、必要に迫られて学ぶものであれば、その不快感は大きい。そして、その最たるものが運転免許なのではないだろうか。下手をすれば生死にかかわるとは言え、異様に高額な教習料金に見合わうとも思えない理不尽な扱いに、もやもやした感情を持った人も多いはずである。そんなもやもやした気分を、本作は少し晴らしてくれるようである。教官に言いたいことを言い、反則すれすれの方法で試験に挑む主人公の姿に、大人げないとは感じながらも、溜飲が降りてしまうのである。
アクション映画のスター・南条弘は、撮影中の映画の共演女優・夕顔ルリ子に、車の運転ができないことをバカにされたことをきっかけに、齢四十にして運転免許を取得することを決意。マネージャの大政には、「そんなに甘いものじゃない」と止められるが、スタッフにわがままを通してもらい、三週間の約束で撮影を中断してもらった。
南条は短期で取得するために自動車学校の合宿コースに参加することにしたが、やってきたのは、“地の果て”と形容したくなる田舎で、合宿所の部屋は狭くてボロボロ。スターである身分を隠し、眼鏡で冴えないおじさんに変装した南条は、合宿の参加者の若者たちから白い眼を向けられながら、孤独な戦い挑むのだった。
初日の技能教習であたった教官・宝田は、つまらないダジャレをいう中年男。教習中についつい格好つけて追い抜きをしようとしてしまった南条は、宝田に教習終了の判子を押してもらえず、「卒業まで時間がかかるよ」と苦言を言われた。その夜は、若者たちと一緒に合宿所の食堂で食事すること気にならず、一人で焼肉を食べにいった。合宿所に戻ると、焼肉の匂いを嗅ぎつけたリーダー格の若者にいちゃもんをつけられることに。南条は、その若者と喧嘩になりかけるが、得意の殺陣で相手を捻じ伏せて、これ以上自分に近づかないよう警告したのだった。
二日目の教官はミニスカートの若い女性・宇貝。美人で自意識の高い彼女の指導はスパルタで、運転を「カッコ悪い」と酷評されたり、ヒールで蹴られたりなど散々な目に。その晩、南条は、昨晩、喧嘩になった若者に詫びのしるしとして、昨晩の骨付きカルビ弁当をおごった。
三日目の教習の前、南条は昨晩の若者から、次の教官の暴田はいわくつきだから逆らわない方がいいと忠告された。教習者に乗り込むと、暴田は早速、南条から漂うニンニクのにおいに文句を言い、不機嫌に。その後の指導は高圧的で、ミスに対しては冷たく見下した態度。南条も我慢できずについ口答えをしてしまった。怒った暴田は教習を中止して車を降りた。南条は暴田を車に戻そうとした追いすがり、彼と取っ組み合いの喧嘩になってしまった。
このことで正体がばれた南条は教習所から追い出されそうになるが、駆けつけた大政が所長に金を渡して、どうにか丸くおさめるのだった。南条は教習を続けられることになったが、もう身分を隠すことは許されなくなり、彼がスターであることが知れ渡って、学内は大騒ぎに。
次の技能教習の教官も暴田だったが、なぜか彼はマスクをしていて、おし黙ったまま。南条に挑発されて、ようやく口を開いた暴田は、「バックで所内一周しろ」と命じた。彼は南条の弱点がバックであることを見抜いたのだ。南条は意地になって暴田の言う通りにしたが、あえなく撃沈。
その夜、南条は駐車場でこっそりバックの練習をするため、運転手の服部を呼び出した。すると、撮影所のスタッフが総出で応援にかけつけた。皆の協力のおかげて、宇貝に「バックが下手」と切り捨てられたハンドルの切り返しも、一発でうまくいくように上達したのだった。
その頃、合宿所に、南条のファンだというボディコン三人娘が入所してきた。三人娘は露出の多いファションで教習車に乗り、暴田を誘惑。暴田はたまらず、ボディコンにボディタッチ。そして、暴田からセクハラを受けたと所長に訴えた三人娘は、許す代わりに南条の採点を甘くするよう要求するのだった。三人娘は同じ罠を、学校いちの堅物教官・照屋にもしかけるが、彼には通用しなかった。
南条はいよいよ仮免試験に挑戦することになった。試験の前日、南条はスタッフたち教習コースに忍び込み、本番さながらのリハーサルを敢行。ところが、偶然通りかかった照屋に見つかってしまった。照屋は「明日試験があるのは南条さんだけじゃない」と、南条たちの非常識に激怒。照屋の非難はもっともであったため、南条は引き下がって練習を中止したのだった。
そして、翌日。南条は、自分を担当する試験官が照屋に当たってしまった。スタッフ見守る中、南条は慎重に試験コースを走っていったが、助手席に座る照屋のプレッシャーに耐え切れずにミスを連発。案の定、試験に落ちてしまった南条は荒れ、免許を取るのを辞めると言い放った。そして、合宿所から逃げ出そうとしたところ、彼を待ち受けていた監督と口論になり、殴り飛ばされたのだった。
南条に愛想を尽かしたスタッフは皆、帰ってしまったが、服部だけは一人残ってくれた。「こんな情けない気持ちになったのは役者になって以来だ」と南条は服部に正直に告白。これまでいかに自分が恵まれてきたか、そのことを気付かされた南条は、もう一度、仮免に挑戦することにした。今度の試験官は照屋や暴田を回避できたため、調子を取り戻した南条は無事に試験にパスすることができた。
仮免許を得て、路上教習に出るようになった南条だったが、公道を走る怖さで萎縮してしまい、なかなか判子を押してもらえなかった。約束の三週間が迫っていたが、焦るばかりで次の段階へ進めず、自分より先に卒業していく生徒たちを見送る日々が続いた。
そんなある日、暴田の指導で路上教習中、交差点で停止していると、前の横断歩道を歩く婦人を見た暴田が「あ」と声を上げた。その婦人は暴田が逃げられた妻だった。婦人のほうもこちらに気付いたようだったため、南条は暴田を教習車から降ろし、このチャンスを生かすよう促した。妻と久しぶりの会話をした後、教習車に戻ってきた暴田は、「借りは作りたくない」と言いながら、最後の判子を押した。
残すは卒業試験のみとなった。試験前夜、撮影所のスタッフが集まり、会議が開かれた。南条の試験を有利に運ぶため作戦会議である。試験コースは、路上駐車の多い大通りから商店街のアーケードを通り抜けるという難所が続くが、はたして、南条の運命は如何に。
そして、迎えた試験本番。南条の当たった試験官は、因縁の照屋だった。試験コースには、今日に限って、路上駐車は一台もなく、商店街も閑散としていた。実は、裏で撮影スタッフが交通整理をしていたのだ。最後の坂道では、交差点の信号機が黄色から青に変わり、南条の車は停止せずに走り抜けた。もちろん、それもスタッフの細工である。
試験を終えると、スタッフの尽力に気付いていた照屋は、南条に「応援してくれたスタッフに報いる様に、いい役者になってください」と言葉を贈った。学科試験の後、合格者を伝える電光掲示板に自分の番号を見た南条は人知れずガッツボーツを決めた。
こうして晴れて運転免許を取得した南条は、自分で運転する車で撮影所に向かい、スタッフに温かく迎えられた。そして、スター南条主演の映画の撮影が再開されたのだった。