昭和初期の高知の色街を舞台に、一人の芸妓を巡る女衒と侠客の熾烈な対立を描くドラマ。
寒椿
製作年 | 1992
年
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製作国 | 日本 |
上映時間 | 115
分
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色彩 | カラー |
これまでに『鬼龍院花子の生涯』、『陽暉楼』、『櫂』等多数の作品が映画化されている宮尾登美子の小説が原作。脚本は、連作「寒椿」と長編「岩伍覚え書」に描かれるエピソードを再構築したものである。主演の西田敏行と南野陽子の他、萩原流行、高嶋政宏、かたせ梨乃という豪華キャスト。ヒロイン役の南野の濃厚なラブシーンが話題に。監督の降旗康男は、後に同じく宮尾原作の『藏』も手掛ける。
昭和初期の土佐高知。西日本一の遊郭“陽暉楼”に彗星のようにデビューした人気遊女を巡るヤクザの抗争劇を中心に、芸妓・娼妓紹介業、すなわち、女衒を生業する富田岩伍の生き様を、その息子・健太郎の批判的な視点から描いていく。
主人公・岩伍は、宮尾の父がモデルであり、「櫂」をはじめとした彼女の自伝的四部作の中心人物である。本作の原作「寒椿」は、芸妓を姿にスポットを当てた自伝的四部作の外伝的作品であり、「岩伍覚え書」は岩伍自身の視点から描いた作品である。映画作品としてのつながりは、五社英雄の『櫂』の続編的な内容であり、山下耕作の『夜汽車』とは、同じく「岩伍覚え書」が原作であるため、世界観や登場人物に一部重なりがある。
原作と同じく芸妓の姿を姿を描くのかと思いきや、南野の演じる芸妓・牡丹は主人公というよりは、一連の事件のキーパーソンという位置づけである。物語が進行するにつれて、その傾向は強くなるため、岩伍への淡い恋心などのロマンスもありはするが、取ってつけたような感じを受ける。南野の体当たりの芝居は評価されようが、物語の犠牲として人形的な扱いになってしまっているのはもったいない。
肝心の芸妓が影が薄く、宮尾の持ち味であるはずの女性の視点が欠落してしまっているのは残念。“遊郭ものの文芸作”として観るのは諦めるべきかもしれない。しかし、遊郭にとどまらない、もっと広いもの、すなわち、昭和初期の地方都市のバイタリティを活写した作品として捉えるならば、見ごたえのあるものに仕上がっていると言える。やはり、任侠映画の降旗。宮尾文学の再現よりは、はじめから富田岩伍一代記を描くことが狙いだったのではないだろうか。
西田演じる岩伍は、普段のお人よし役のイメージとのギャップが効果的(劇中でも普段は温厚な人物して描かれる)で、萩原のヤクザの小悪党感は、いち女衒相手の悪役としては絶妙。高嶋演じる精悍な元力士も見ていて気持ちが良い。そして、この面子で描かれるのは、大義名分としての芸妓の存在はあるものの、実質的には男たちの意地や矜持をかけた闘いである。後半の緊迫した展開は任侠映画そのものであり、終盤の活劇も大きな見どころだ。ラストは親子愛を描き、さわやかな感動で締めくくるころも良い。難を言うなら、やや美しく撮りすぎたところだろうか。
昭和のはじめの土佐・高知。かつては関東まで名の知れた元博打打ちで暴れん坊の富田岩伍は、親の反対押し切った熱熱な恋愛結婚を機に足を洗い、今では芸妓・娼妓紹介業を営んでいた。当時西日本一と呼ばれた陽暉楼との付き合いがあり、“人の心のわかる紹介人”として信頼のあつい岩伍だったが、妻の喜和は女性を売り買いするという家業になじめていなかった。
岩伍が足抜けした芸妓を祇園に探しに出かけている間、喜和はついに行動を起こした。独り息子の健太郎を連れて、兄の家に逃込むように家出をしたのだ。高知に戻った岩伍は、喜和に離縁の医師があることを義兄から言い渡れると、健太郎だけを強引に義兄の家から連れ帰った。岩伍の仕事に不快感を抱いているのは喜和だけでなく、健太郎も同じだった。健太郎は岩伍の隙をついて家を飛び出し、発射寸前のバスに飛び乗った。オートバイで追ってきた岩伍から、モガ風の女車掌が庇ってくれた。だが、健太郎は自ら「もう子供ではない」と腹をくくり、父と一緒に家へ戻ったのだった。
その頃、陽暉楼では、東京から来た金貸しの田村が、ごろつきを手名づけ、毎夜のように座敷で乱痴気騒ぎを繰り広げいた。このままヤクザの出入りするようになったら陽暉楼もおしまいと、支配人から相談を受けた岩伍は、田村の前に進み出ると、一万円の勘定書きを突き付けた。田村は岩伍の度胸に免じて、陽暉楼には今後出入りしないことを約束した。
ある日、岩伍の紹介所に、健太郎の見覚えのある女性が父親に付き添われやってきた。着物は来ていたが、間違いない、あの時の女車掌だった。二十一歳の生娘で、名を貞子といった。父親が博打で作った借金のかたで売られた彼女に、岩伍もいくぶん同情的になった。貞子を陽暉楼から出すことに決め岩伍は、一人前の芸妓にしてくれるよう、子方屋“松崎”の女将みねに頼み込んだ。
普通選挙法施行後の初めての選挙は、多田と中岡の一騎打ちとなった。どちらも銀行が後押しする候補であり、事実上、金融恐慌の中での銀行の生き残りをかけた選挙だった。中岡陣営から票の取りまとめを依頼された田村は、ふてぶてしくも中岡の会長に多額の資金を要求した。
三味と舞の厳しい稽古に耐え、短期間で見違えるような良い芸妓になった貞子は、牡丹という源氏名を受け、初御座敷にあがることになった。世話になった岩伍に挨拶に向かっていた牡丹が人力車が、路肩にはまる事故を起こした。傾いた人力車の建て直しに手を貸した青年は、牡丹の美しさに心を奪われた。その青年・仁王山は、東京相撲で前頭までいった元力士であり、侠客の修行中を自称していたが、田村の護衛をしているいわゆるチンピラヤクザだった。
牡丹は、瞬く間に陽暉楼で評判の芸妓になった。一方、仁王山は、高嶺の花なった牡丹にますます夢中になった。仁王山は牡丹を振り向かせようと必死になるが、彼女の視線の先にあるのは、いつも岩伍だった。牡丹が「ととさん」と呼び慕う岩伍に対し、仁王山は対抗心をむき出しにしていった。そんな中、牡丹は、対抗する多田の若と中岡の会長の両人から同時に見初められ、身請けの誘いを受けた。牡丹は身請けのことについて岩伍に相談し、実は好きな人がいると打ち明けた。岩伍は、牡丹の意中の相手に気付かぬふりをし、多田の若のほうを選ぶようにすすめたのだった。
ある夜、仁王山は、娘を売っても懲りずに賭場に出入りしいた牡丹の父親を、岩伍がこっびどく懲らしめている場面を目撃した。やはり岩伍の方も牡丹に気があると踏んだ仁王山は、岩伍に果し合いを申し込んだ。仁王山に挑まれた岩伍は、闘いもせずに負けを認めると、地面に這いつくばるように頭を下げ、「世話している芸妓には指一本触れない」と訴えた。岩伍の反応に拍子抜けした仁王山は、「ただの女衒か」と吐き捨て去って行った。その様子を物陰から見ていた健太郎は、とても悔しく情けない気持ちになったのだった。
牡丹は岩伍の言葉に従い、多田に身請けした。選挙で意趣返しをしようと息巻く中岡の足元を見た田村は、資金の追加を要求。仁王山は、牡丹と陽暉楼で会う資金千五百を貸してくれるよう田村に頼んだ。金を貸す約束を田村にとりつけた仁王山だったが、牡丹が多田と一緒にいるを見て焦り、「一緒に死ぬ」などと言いながら、牡丹を誘拐同然に連れ去った。仁王山は、漁村の小屋に牡丹を連れ込んで想いを遂げるが、彼女が自分の体よりも、岩伍から贈られた着物を庇おうとするのを見て、彼女の想いを知るのだった。
選挙戦の両陣営、田村、そして、岩伍が、失踪した仁王山と牡丹の捜索に乗り出した。二人をはじめに発見したのは、田村だった。発見の報せを受けて現場へ駆け付けた岩伍は、牡丹の不心得を田村に丁重に詫びた。岩伍の口上を一通り聞いた田村は、芸妓の足抜きとして事態を収めよういう岩伍の頭の良さと度胸に免じて、牡丹を岩伍に引き渡した。田村は中岡が敗れたときの保険として、牡丹を中岡に引き渡さなかったことで多田に恩を売った。
牡丹の拉致の件で田村から制裁を受けた仁王山だったが、それでも牡丹を諦めきれなかった。陽暉楼に向かった仁王山は短刀を畳に突き立て、牡丹に合わせるよう迫った。騒ぎを聞いて駆け付けた岩伍は、力で無理を通そうとする仁王山に対し、堪忍袋の緒が切れて大激怒。仁王山と取っ組み合いの大喧嘩を繰り広げて、警察沙汰になるが、その一部始終を見ていた健太郎は、男らしく戦った父を見直すのだった。
先日の足抜き騒動に加えて、陽暉楼での大立ち回り。多田は牡丹が仁王山をたぶらかしている疑い、彼女を詰った。深く傷ついた牡丹は、その夜、岩伍の家を訪ねた。岩伍と酒を飲み交わした牡丹は、酔った勢いに任せて、自分の想いを告白。一度でいいから抱いてほしいと岩伍に迫るが、岩伍には、「すまない」と謝るだけで何もしなかった。牡丹は、ただただ、岩伍の妻をうらやましいと思うのだった。
多田が当選すると、田村は多田の父に不渡手形を突きつけ、彼の財閥の傘下にある銀行に金がないこをばらすと脅迫。多田の父から金を用意する約束を取り付けた田村は、多田の若が東京へ出る前の最後の仕事として、牡丹の処理を請け負った。牡丹が若について東京へ旅立って、しばらく後、岩伍は満州帰りの同業者から、大阪のある女衒が牡丹を満州に売ろうとしているという話を聞かされた。田村の仕業だと知った岩伍は、牡丹の奪還のため奔走した。
岩伍は、田村の家から連れ出されて牡丹をすんでのところで保護したが、彼女は田村のところでひどい目にあわされたのか、極度に人を恐れるようになっていた。そんな牡丹を見た岩伍は、決死の覚悟で多田当選の祝勝会の開かれている陽暉楼に乗り込み、多田から手形と引き換えに金を受け取っていた田村を殴り倒し、多田の若を締め上げたのだった。
出所した仁王山は、牡丹のことを知らされると、まっすぐ岩伍の家へ走り、やつれ果てた牡丹と再会。怒りに燃える仁王山は、報復のために岩伍の家にやってきた田村の手下共に立ち向かった。岩伍は牡丹と健太郎を先に車に乗せるせ逃がすと、家へ引き換えした。牡丹は岩伍を追って、発車寸前に車から降り、岩伍の家へ向かった。岩伍の家で牡丹が見たものは、大勢のヤクザ相手を向こうに回し、血みどろになって闘っている二人の男の姿だったた。
すさまじい斬り合いの中、仁王山を庇おうとした牡丹は、刀で指を斬り落としてしまった。仁王山は、茫然自失の牡丹を抱きか抱え家を出た。田村の手下たちを一掃した岩伍もそれに続き、待っていた車に飛び乗るが、まもなく、田村の車が行く手に立ちふさがった。田村の発射した拳銃の弾がかすめ、健太郎が倒れた。岩伍は車を降りると、仁王山に後を任せ、田村と対決。差し違えた二人は、共に倒れたのだった。
仁王山たちは逃げ延びた。怪我の癒えた健太郎は、喜和と東京で暮らすことになった。一足早く旅立つことになった仁王山と牡丹を見送り、母と家に帰ろうとしていた健太郎は、竹藪の中に父の姿を見つけた。岩伍は生きていたのだ。健太郎は岩伍のもとへ駆け寄り、三人で暮らそうと腕を引いた。だが、岩伍は、健太郎を傷つけてしまった以上、自分にはその資格がないと言いきかせると、健太郎をひとりで喜和のもとへ行かせたのだった。