バイオリン職人を目指す少年との出会いから、
将来の模索を始めた読書好きの少女の成長を描くアニメーション。
柊あおいのコミック原作、宮崎駿プロデュース。

耳をすませば

製作年1995 年
製作国日本
上映時間111 分
色彩カラー



解説
柊あおいの同名少女コミックを基にスタジオジブリが制作した長編アニメーション。プロデューサ、監督、絵コンテは宮崎駿。監督はジブリの多くの作品で作画監督を担当してきた近藤喜文。夏の団地や住宅地をさわやかに捉えた背景、無駄とも思える人物の細かい仕草など、リアリティを追及した絵師ならではの映像が見もの。近藤監督は本作の完成数年後に亡くなったため、唯一の監督作となった。ちなみに、派生作として、本作の主人公が描いたという設定の『猫の恩返し』がアニメ化されている。
ジブリ映画と聞けばアドベンチャーやファンタジーを期待してしまいそうだが、本作はストレートな青春ものである。物語の舞台は、首都圏あたりの新興住宅地。多くの日本人の観客が暮らしている町とそう変わらない世界だろう。テーマ的には91年の『おもひでぽろぽろ』に近く、人生に悩む主人公の姿を日常的なエピソードの中に描いていくので、ジブリ映画の中でももっとも身近に感じせれる作品といえそうだ。ただ、『おもひでぽろぽろ』が前作がリアリティのある物語を過去と現在を交錯させて描くというファンタジーの手法を用い、複雑な構成だったのに対し、本作は作品全体のイメージとしてファンタジーの要素はあるものの、主人公のリアルな日常を順序立てて語っていくので、比較的親しみやすくなっている。
「将来をどう選ぶべきか」「そのために何をなすべきか」というは青春ものの永遠のテーマである。そのテーマを押し付けがましくなく伝えるのが、主人公とボーイフレンドの関係。中学生とっては途方もない夢に向かって確実に歩み始めているボーイフレンド。そんなボーイフレンドに対する主人公の複雑な心理描写が秀逸だ。相手が自分より先に行ってしまうという焦り。相手とのバランスを考えた上での劣等感や自信のなさもあるかもしれない。焦燥とコンプレックスがない交ぜになった悩ましさ。この物語の主人公ならずとも、一度はとらわれたことがある種類の感情だろう。主人公と同年代の少年少女向けかもしれないが、かつて進路に悩んだことのある大人にも今一度自分を見つめ直させる作品に仕上がっている。



ストーリー
夏休み。元気で明るい中学三年生・月島雫は物語が大好き。両親は受験のことをうるさく言わないので、この夏の間に本20冊を読むことを目標に立て、図書館に通っていた。ある時、雫は借りてきた本の貸し出しカードにいつも同じ名前があることに気が付く。たくさんの本を読んでいるつもりだが、“天沢聖司”というその人物は、いつも雫よりも先にその本を読んでいるのだ。雫は“天沢聖司”についてひとり想像をめぐらした。
借りてきた本をすべて読んでしまった雫は、新しい本を借りるために学校の図書室を特別に開けてもらった。急いで選び出した本はまだ誰も借りたことのない本だった。だが、表紙を開くとそこには、寄贈者として“天沢”の名前。あの“天沢聖司”と関係があるのだろうか。雫の“天沢聖司”への思いはますます膨れ上がっていった。
雫は親友の夕子に頼まれていた「カントリー・ロード」の詩訳を見せた。ついでに冗談で作った替え歌「コンクリート・ロード」も。その時、夕子は、ラブレターを受け取ったことと、でも実は好きな男の子がいることを雫に打ち明けた。夕子が好きな相手というのは、雫と仲の良いクラスメイト・杉村のことだった。
恥ずかしくなって逃げてしまった夕子を追いかけた雫は、うっかりしてさっき借りた本をベンチに置き忘れたことに気付いた。本を取に学校に戻ってみると、ベンチには見知らぬ男の子が座っていて、雫の借りた本を読んでいた。雫に気付いた男の子は本を返すが、本に挟まっていた「コンクリート・ロード」の詩をからかいながら去っていった。雫はその男の子を“ヤなヤツ”として印象付ることに。
ある日、雫は大学生の姉に頼まれ、市立図書館で働く父のもとへ弁当を届けに行くことに。電車で図書館のある町へ向かう途中、雫は車内で太った猫を発見。猫はちょうど雫も降りる駅で降りていった。物語のはじまりを期待した雫は、猫を追いかけるうち、高台にある静かな町にたどり着いた。そして、その町の一角に「地球屋」というアンテーィク・ショップを発見した。おそるおそる中に入った雫は、店内に展示されていたタキシードを来た猫の人形に心を奪われた。
店の主人はやさしそうなおじいさんだった。おじいさんによれば、猫の人形は男爵(バロン)というらしい。おじいさんに素敵な店内を見せてもらった雫は、すっかり時を忘れてた。正午を過ぎてしまったことに気付いた雫は、また来店することを約束して店を出た。すると、目の前を自転車で通りかかったのが、なんとこの間の“ヤなヤツ”。雫に気付いた“ヤなヤツ”は、「コンクリート・ロード」を口ずさみながら去っていった。
雫は、図書室に本を寄贈した“天沢”なる人物について知りたくなった。職員室で詳しい先生に訪ねると、天沢のことを知っているだけでなく、天沢の家の子がこの学校にいることが発覚した。だが、それ以上を知るのが怖くなり、雫は職員室を飛び出してしまうのだった。
夕子は杉村のことで悩んでいた。杉村がラブレターの送り主である友達に代わって、夕子に返事の催促をしたのだ。相談を受けた雫は、夕子の気持ちを察せない杉村が許せなくなり、彼を呼び出した。杉村は雫に問い詰められても、何を言われているのか理解できないようだった。杉村のニブさに苛立った雫は、思わず夕子の気持ちを代弁。すると、杉村は急に顔色を変えて、ずっと雫のことが好でいたことを告白した。びっくりした雫は逃げるようにその場を去った。
本当にニブいのは自分だったのだ。深く落ちこんでしまった雫の足が向かったのは、「地球屋」。だが、店は閉まっていた。雫は力なく店の前に座り込んだ。雫は自分がひねくれてしまったことを意識していた。最近は、本を読んでいても昔のように面白くなくなっていたのだ。しばらくすると、あの男の子が自転車でやってきた。雫が猫の人形を見たいと言うと、男の子は裏口から店を開けてくれた。男の子の子はあのおじいさんの孫だった。
雫はバロンを日が暮れるまで見つめた。店の下の部屋に行くと、男の子が黙々とバイオリンを作ってた。それがまるで魔法のようだと思った雫は素直に感動。感動ついでに男の子にバイオリンを弾いてほしいとせがむと、条件として雫が歌うことになった。演奏はもちろん「カントリー・ロード」。そのうち、おじいさんが友達をつけて帰宅。その時、雫は、おじいさんの友達が呼んだ男の子の名前に耳を疑った。彼の名は“聖司”。彼が憧れだった“天沢聖司”だったのだ。
想像していたのとは少し違ったが、天沢聖司との出会いによって雫は楽しい夜を過ごすことが出来た。駅の近くまで送ってくれた聖司は、バイオリンの職人を目指していることを雫に話した。高校進学を辞めて、イタリアへ修行へ行こうと考えているのだが、親はそのことに反対していて、味方はあのおじいさんだけなのだという。雫は、既に進路を決めている聖司に圧倒されると共に、何も考えずに気ままに暮らしている自分に負い目を感じるようになった。
翌日、雫の教室を聖司が訪ねてきた。昨晩、雫が聖司と歩いていたことは学校の噂だった。雫はクラスメイトのひやかしから逃げるように聖司と屋上へ上がった。聖司は、イタリア行きが決まったことを雫に伝えた。まずは二ヶ月向こうで見習を経験するのだという。出発はパスポートが取れ次第。また、聖司は、実は前から雫のことを図書室で見ていたことを告白。貸し出しカードに雫より先に名前を書くため、本をたくさん読んだというのだ。
聖司からの思わぬ告白で彼に強くひかれた雫。だが、バイオリン職人という大きな夢に向かおうとする聖司と、才能もないし将来も考えていてない自分との間のギャップは大きく感じられた。相談を受けた夕子は、「進路が決まらなきゃ恋もできないの?」と呆れた上で、雫の詩作の才能を認めた。それは聖司も認めてくれていたことだった。夕子の一言で吹っ切れた雫は、自分も何かをしようと決意。前から書きたかった物語を書き上げることにした。
雫は物語の主人公をバロンに選んだ。物語の題名は「耳をすませば」。バロンを主人公にする許可を出してくれたおじいさんに書き上げた物語の最初の読者になってもらう約束もした。それから雫は物語の執筆に没頭していった。ある晩、雫が物語のために図書館で調べ物をしていると、聖司がやってきた。明日、イタリアへ旅立つことが決まったことを伝えに来たのだ。雫と聖司は握手で別れた。
十月。雫は急き立てられるように物語を書きつづけていた。明け方まで書きつづけることもあった。だが、そのおかげで勉強がおろそかになり、成績の順位が100番も落ちた。心配した両親は雫に訳を尋ねた。だが、雫は物語を書いているとは言い出せず、「自分を試している」としか言えなかった。何かを一生懸命になっていることを知っていた父は、雫に理解を示し、彼女の好きなようにさせることにした。
聖司が帰国するまで、あと三週間。雫には時間がなかった。気持ちは焦るばかりで、想像力はどこまでも広がっていくのに考えがまるでまとまらなくなった。書きたいものがあるだけでは駄目だということを雫は痛感した。雫はどうにか物語を書き上げたが、出来上がりに自信がなかった。約束通り物語を読んだおじいさんは、「荒々しいが原石を見せてもらった」と雫を評価。思わず泣き出してしまった雫は、聖司が離れていってしまうをことが怖くなり背伸びをしていたことを正直に告白した。
自分にはもっと勉強が必要だと感じた雫は受験生に戻ることに決めた。帰宅した雫はそのままベッドに横になった。明け方、目を覚ました雫が窓を開けると、下に自転車に乗った聖司がいた。飛行機を一日早めたのだという。聖司は雫を急かして自転車の後ろに乗せ、高台の町まで走った。聖司が雫を連れてきたのは彼の秘密の場所。見下ろす町には海のような朝もやがかかり、まさに朝日が昇ってくところだった。バイオリン職人の修行をする決意を改めて固めていた聖司は、一人前の職人になったら結婚してほしいと雫に告白。頷いた雫にもう不安や迷いはなかった。



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