寅次郎の知り合ったサラリーマンが蒸発した。
夫を探し出すことを人妻に約束してしまった寅次郎の苦しい恋を描く。
シリーズ第34作。

男はつらいよ
寅次郎真実一路

製作年1984 年
製作国日本
上映時間107 分
色彩カラー



解説
サラリーマンの蒸発という社会問題を背景にした34作目。マドンナは大原麗子で、『噂の寅次郎』から二度目の登場。同一の女優が別人のマドンナとして再登場するはじめてのパターンとなった。ゲストとして、第10作『寅次郎夢枕』に登場以来、何度か参道の巡査役として出演してきた米倉斉加年がマドンナの夫のエリート・サラリーマン役で。また、辰巳柳太郎がマドンナのちょっとボケた義父を演じ、笑わせる。前作で鮮烈に“男はつらいよ”ファミリーに加わったあけみ(美保純)も登場。物語の舞台は茨城県牛久沼と鹿児島県枕崎。冒頭の夢のシーンは、本編とはまったく無関係な怪獣映画のパロディ。特撮シーンは、松竹製怪獣映画『宇宙大怪獣ギララ』より。
働き盛りの蒸発というモチーフは、第13作『寅次郎恋やつれ』の前半のエピソードや、第15作『寅次郎相合い傘』の“パパ”でも使われてきた。今回は、蒸発というモチーフをメインに据え、寅次郎と人妻のこれまでにない新たな関係を描き出している。寅次郎も蒸発騒動という事件に巻き込まれるだけでなく、意志を持って能動的に関わっていくことで、一本芯の通った秀作ドラマに仕上がっている。
寅次郎が人妻に恋をした回には、第6作『純情篇』、第28作『寅次郎紙風船』があり、そして、同じく大原がマドンナ役だった22作『噂の寅次郎』もそうだった。だが、夫と顔見知りでありながら、その妻に恋してしまうという不徳なケースははじめて。そして、なにより、禁断の恋に落ちてしまったことで自分を責める純情な寅次郎の苦しみが、本作の最大の見どころとなる。今回のロマンスは、「男はつらいよ」の世界の中でも語り草となっているようだ。シリーズ終盤では、寅次郎が恋に苦しむ満男を、「自分が醜いと思う人の心は醜くない」という博の名台詞で励ます場面が見られる。
前作では寅次郎が渡世人の心意気を見せたが、今回も引き続き、彼の格好良さを堪能できる。格好良さといっても、彼のできる精一杯の誠意から醸し出されるもので、やはり、どこか、寅次郎ならではの切なさが浮かんでいる。相手が人妻ということも関係しているだろうが、寅次郎はいつものようにマドンナに対してデレデレヘラヘラすることはない。夫が行方知れずになったことに動転したマドンナが夫に女性がいることを疑った時も、寅次郎は「そんなことはありえない」と断言。むしろ、男としての頼もしさをアピールしてみせるのだ。
後半、寅次郎とマドンナが、失踪した夫を探して鹿児島を旅をする場面は、シリーズ屈指の耽美的な場面だ。そして、旅の最後の日の旅館で、寅次郎は男を見せてくれる。ためらいながらも意を決してマドンナの肩に手を置く瞬間。そして、今回、寅次郎が彼女の体に触れた唯一の瞬間でもある。その時の寅次郎の手には、かなり複雑な思いが込められていたようだ。一矢報いるチャンスだったが、そのチャンスにつけこむ自分を恥じて戸惑う寅次郎。さすがにマドンナも渋い顔だ。かなり気まずい雰囲気だが、その直後、気まずい雰囲気を救うギャグが絶妙。見事な緊張と緩和だ。
ラストにかけての寅次郎の苦悩は、いつもの恋煩いとは質がまったく異なる。マドンナに恋するあまり、夫が戻らないことを望んでしまうというのは、仕方ないこと。しかし、そんなことで悩み苦む純情な寅次郎の姿が同情を誘う。「マドンナが幸せになる」ということで寅次郎が振られるのはいつもとパターンだが、今回はちょっと捻って、「不幸だったマドンナが元の幸せを取り戻す」ということで、恋が終わりを告げる。寅次郎の本当の心中は不明だが、マドンナを励ますという役目を終え、愛する人の幸せ願いつつ、再び旅に出ていく姿は、「寅次郎ここにあり」といったところである。



ストーリー
夫と喧嘩をしたあけみが、“とらや”に愚痴を言いにやってきた。それを追ってきた社長が、あけみをなだめ、どうにかうまくまとまりかけたところへ、折り悪く、寅次郎が帰ってきた。寅次郎があけみをかばうと、社長が怒り出し、二人は参道に出て大喧嘩。柴又中に“とらや”の恥を晒す騒ぎとなった。
社長との喧嘩の件で御前様に叱られた寅次郎は、その夜、気晴らしに一人で酒を飲んでいた。ところが、勘定の時分になり、持ち合わせが無いことに気付いたの。さくらに電話で金を持ってくれるよう頼むが、振られてしまった寅次郎は、無銭飲食で留置所に入る覚悟をした。寅次郎の隣りでは、サラリーマンの健吉が酒を飲んでいた。健吉は、寅次郎の事情を察すると、彼の飲み代の支払いを快く良く申し出たのだった。
健吉おかげで、寅次郎は警察の厄介にならずにすんだ。健吉から渡された名刺には、大企業“スタンダード証券”の課長という肩書きが記されていた。翌日、寅次郎は健吉に礼をするため、バナナを携え、日本橋にある“スタンダード証券”に向かった。忙殺されていた健吉は、暇人の寅次郎に構っていられなかった。だが、仕事に片がつくと、深夜まで待っててくれた寅次郎彼と飲みに繰り出し、すっかり意気投合したのだった。
翌朝、寅次郎が目を覚ますと、そこは見知らぬ家だった。居間に向かうと、台所では美しく品の良い女性が朝食の準備をしていた。寅次郎は、昨晩、茨城県牛久沼にある健吉の家に転がり込んだことを、酔っ払っていたため覚えていなかったのだ。目の前の女性は健吉の妻・ふじ子だった。事態を理解した寅次郎は、引き止めるふじ子を振り切り、大慌てで家を飛び出したのだった。
“とらや”に帰ってきた寅次郎は、しきりに「もったいない」と同じ言葉を繰り返していた。それというのも、健吉があんな美人の妻を持ちながら、早朝六時に家を出て、深夜に帰宅するという生活を続けてということを考えてのことだ。だが、健吉も仕事に終われる日々に甘んじていたわけではなかった。すっかり、嫌気がさしていたのだ。ある金曜日のことだった。いつものように出勤した健吉は、そのまま会社に姿を見せず、行方をくらましてしまった。
翌週、健吉が会社を病欠していると聞かされた寅次郎は、何も知らずに牛久沼に見舞いに向かった。そして、その時、ふじ子から、健吉が行方不明になったことを知らされた。寅次郎は、気が動転していたふじ子を慰めると、健吉を探し出すことを約束。占い師から健吉が北海道にいると言われた寅次郎は、“とらや”の金庫の金に手をつけようとして、竜造と一悶着に。見かねた博は、手がかりの無い健吉を探すより、万が一のことがあった後のことを考えるのが務めだと、寅次郎に言い聞かせた。ところが、それが裏目に出て、寅次郎はふじ子との仲を先走って考えてしまうのだった。
数日後、健吉の故郷である鹿児島県枕崎で、健吉が目撃されたという情報が、実家からふじ子のもとに届いた。寅次郎は、枕崎に健吉を探しに行くというふじ子に同行することになった。健吉の実家に泊めてもらったその翌日、寅次郎とふじ子はハイヤーを駆って、健吉の思い出の場所をつぶさに回っていった。その時、ふじ子は、はじめて自分が夫のことを何も知らなかったことに気付かされた。皮肉にも、こうして夫の思い出の場所を回ることで、彼の心の奥の方をのぞいたように思えたのだった。
寅次郎とふじ子は、健吉が中学の時に病気の療養したという温泉を訪ねた。そこで、二人は、健吉が寅次郎の名を使って宿泊し、しばらく、魚釣りに明け暮れていたことを知った。だが、その夜、ふじ子は夫を探すことを諦めるようなことを言い出した。寅次郎は意を決してふじ子の肩に手を置き、彼女を勇気付けた。その夜、寅次郎は、ハイヤーの運転手の家に泊まることに決めていた。寅次郎は、憮然とするふじ子に、「旅先で妙な噂がたってはいけないから」と言い訳し、最後に「自分はきったねえ男です」と付け加えたのだった。
結局、翌日も健吉を見つけることが出来ないまま、二人は東京に帰ることになった。“とらや”帰ってきた寅次郎は、「おれは醜い」とうわ言のように繰り返し、寝込んでしまった。博は、寅次郎が、健吉が戻ってこないで欲しいと、心のどこかで願っている自分に気付き、そんな自分の醜さに苦しんでいるのだと察した。家族に励まされた寅次郎は、その励ましを選別にして、旅に出ることにした。“とらや”を出ようとした寅次郎は、店先で男と肩がぶつかった。相手を見ると、それは健吉だった。
寅次郎は、ふじ子に知らせずにここに来たという健吉を叱り飛ばすと、彼をひっぱって牛久沼に直行した。寅次郎はふじ子を呼び出すと、健吉の肩を押し家族と引き合わせた。健吉とふじ子と小さい息子の再会を遠くから見守った寅次郎は、静かにその場から立ち去っていった。夜になり、“とらや”に寅次郎から電話がかかってきた。今、寅次郎は常磐線土浦にいて、そのまま旅に出るのだという。電話を切ったさくらは、寅次郎の声が晴ればれとしていたことを家族皆に伝えたのだった。



キャスト
車寅次郎
渥美清
さくら
倍賞千恵子
竜造
下條正巳
つね
三崎千恵子

前田吟
社長
太宰久雄
源公
佐藤蛾次郎
満男
吉岡秀隆
島津恵子
風見章子
関敬六
桜井センリ
アパッチ・けん(中本賢)
津嘉山正種
芦田友秀
ディービー・スミス
マキノ佐代子
伊東さゆり
岩淵菜穂
川井みどり
谷よしの
戸川美子
加島潤
笠井一彦
あけみ
美保純
健吉
米倉斉加年
御前様
笠智衆
進介
辰巳柳太郎
ふじ子
大原麗子

スタッフ
製作
島津清
中川滋弘
企画
小林俊一
脚本
山田洋次
朝間義隆
撮影
高羽哲夫
美術
出川三男
音楽
山本直純
録音
鈴木功
調音
松本隆司
照明
青木好文
編集
石井巌
スチール
長谷川宗平
監督助手
五十嵐敬司
装置
小島勝男
装飾
町田武
衣裳
松竹衣裳
美粧
宮沢兼子
現像
東京現像所
進行
玉生久宗
製作主任
峰順一
主題歌
「男はつらいよ」
星野哲郎 ・作詞
山本直純 ・作曲
渥美清 ・唄
(クラウン・レコード)
協力
東亜国内航空
柴又神明会
原作/監督
山田洋次

プロダクション
製作
松竹