ベルリンの壁崩壊直後の東ベルリン。
心臓発作で昏睡状態に陥っていた母が危機的に目覚めた。
息子は母にショックを与えないようドイツが統一したことを必死で隠そうとする。
グッバイ、レーニン!
原題 | GOOD BYE LENIN! |
製作年 | 2003
年
|
製作国 | ドイツ |
上映時間 | 121
分
|
色彩 | カラー |
東西ドイツの統一という政変に翻弄されるある一家の姿を描き、本国ドイツで記録的な大ヒットを飛ばしたコメディ。物語の舞台は東ベルリン。社会主義の活動に熱心だった母が、心臓発作で昏睡状態に陥っている間に、ドイツが統一。それから数ヵ月後に母は目覚めるが、彼女のショックを与えることは、残り僅かな命をさらに縮めることになる。息子は母の体調に障らないよう、東西ドイツがあたかも“統一していない”ように見せかける決意をする。はじめは母のためにと思ってはじめたことだったが……。
東西ドイツ統一というと、歴史の輝かしい1ページとして記憶されているが、歴史の裏側では、市井の人々が悲鳴をあげていたのだ。そんな現実の一つを、ドイツ自身が冷静に捉え、世界にはじめて発信した作品といえるかもしれない。統一がベルリンに暮す人々にもたらしたカルチャーギャップ、経済の混乱、失業の問題等を、主人公の青年の周囲に巻き起こる様々なエピソードの中にさりげなく描いていく。コメディという形をとることで、過度に熱を帯びず、ドキュメンタリーにはない客観的な批判が行なわれている。
政治風刺というインパクトもさることながら、肝心の家族のドラマも非常に訴えかけるものがある。西側の商品を東側の商品の空き瓶に詰め替えるような小細工だけでは間に合わず、ニュース番組まででっちあげてしまう息子。母に現実を見せまいとする、その涙ぐましい努力が、笑って泣ける。そして、究極の親孝行が、ついに架空の国を作り上げるラストは感動的だ。ところで、母は息子がウソをついていたことに気付いていたか? そのあたりがぼかされているところが、息子のとった行動が彼の独り善がりで終わらなかった可能性を示している。知らないほうが良い真実もあれば、真実を知らないふりをしていことも良い場合もあるのだ。まさに「ウソも方便」。しかし、結局のところ、真実があるとすれば、それは息子のした努力そのものだろう。ドイツが統一してようがいまいが、実はそれは本質的な問題ではなかったのかもしれない。
1978年。ソユーズ試験計画で宇宙飛行士イェーンが飛び立ち、東ドイツが栄光に包まれたその年、ケルナー家にも大きな変化が訪れた。一家の主ローベルトが女性と共に西側に亡命したのだ。残された妻のクリスティアーネはショックで口を利かなくなり、精神病院に収容された。数週間後、退院して子供たちのもとへ帰ってきたクリスティアーネは、社会主義の祖国と結婚。世の理不尽を正すと称し、日々、陳情書をしたためるようになった。
十年後の1989年。イェーンに憧れ宇宙飛行士を目指していたケルナー家の長男アレックスは、テレビ修理の仕事につくようになっていた。姉のアリアーネは夫と離婚した後、娘のポーラを連れてアパートに戻ってきていた。母は相変わらず、社会主義に高い理想を求め続けていた。年頃の男としてエネルギーを持て余していたアレックスは、十月七日、東ドイツ建国四十周年の夜、母には秘密で反体制デモに参加。アレックスがデモ隊の中に気になる女性を見つけたその時、デモ隊と警官隊の間で衝突が起きた。偶然、デモの脇を通りかかったクリスティアーネは、警官に取り押さえられていたアレックスを見て、倒れてしまった。
警官から報せを受けアレックスは病院に向かった。医師の説明では母は心臓発作を起こし、昏睡状態に陥ったのだという。病院でアレックスは、デモで出会ったあの女性と再会した。それは、ソ連から来た看護婦ララで、アレックスは彼女に恋をした。一方、母は眠りつづけた。その間、東ドイツは激変した。国家評議会議長のホーネッカー書記長の退陣。ベルリンの壁の崩壊。国境の消滅。通貨の流通。そのすべてを母は見逃した。
アリアーネは経済の勉強を辞めて、バーガーショップの店員になった。マネージャのライナーと良い仲になり、姉の部屋で一緒に暮らし始めた。家の中は急激に西洋化し、古い家具は廃品として処分され、代わりに西側の家具が運び込まれた。アレックスは病院に通い詰めるうちにララと付き合うようになり、デートを繰り返した。いったんは失業したアレックスだったが、東西統一事業の一環で、衛星アンテナのセールスという新しい仕事にもありつけた。職場では、映画監督を夢見る西側出身のデニス・ドマシュケという友人も出来た。
母が昏睡状態になってから八ヵ月。彼女は突然、目を覚ました。だが、医師は、母の命があと数週間しか持たないとアレックスとアリアーネに先刻した。医師は「ショックは与えないように」と警告したが、東西統一を知らない母にとって、その現実と触れることが大きなショックになることは分かっていた。アレックスは医師を説得し、母を自宅に連れ帰る許可を得た。部屋を母が入院する前の状態に戻し、東ドイツが八ヶ月前と変わらぬ社会主義の国であることを母に信じさせることがアレックスの計画だった。
退院してアパートに帰ってきた母は、ベッドに着くと、十年前振りに父のことを口にした。父がいなくなったことで、抜け殻のようになってしまったことや、自殺も考えたことを、はじめて、アレックスとアリアーネに話したのだ。アレックスは、母に外の変化を悟られないよう、故意にラジオを故障させたり、スーパーで買ってきた西側の商品をわざわざ東側の商品の空き瓶に入れ替えたりした。だが、母が所望するピクルスの空き瓶は見つからなかった。そのうち、母が退屈しのぎにテレビを置いて欲しいと言い出したため、アレックスはさらに頭を痛めるのだった。
旧東マルク紙幣のドイツマルクへの換金の期限が近づいていた。アレックスとアリアーネは、通帳を探していたが見つからなかったため、車を購入するためと嘘をついて、母に在り処を訪ねた。母は金を銀行には預けておらず、ヘソクリをしていたらしいが、どこに隠したか忘れてしまっていた。アレックスは、記憶が混乱していることを気している母を慰めるため、近所の人や教員だった母の生徒たちを集めて誕生日祝いを開くことを提案した。
母の誕生日が近づいた頃、寝室にテレビがやって来た。母に現実を知られないよう、苦肉の策で、デニスの調達してきた古いニュース番組のビデオを見せることしたのだ。誕生祝いには、母を学校から追い出したクラプラト校長も罪滅ぼしのために参加させた。寝室で開かれた母のささやかな誕生祝い最中、近所の住民、校長、ライナー、ララには、東西統一前と変わらぬ生活を送っているよう装わせた。危なげながらも大きなトラブルもなく会は終わるかに見えたが、母が窓の外にビルの壁にコカ・コーラの垂れ幕を見つけてしまった。どうにか取りつくろうと焦るアレックス。そんな彼の様子を見たララは、騙されつづけているクリスティアーネがかわいそうだと思うようになった。
ドイツがサッカーのワールドカップによって東西の亀裂を埋めつつあったその頃、アレックスは相変わらず東ドイツの名残を探しつづけていた。コカ・コーラの一件は、デニスの夢を満たすことに一役買った。「コカ・コーラ社と人民の工場の協定」という事件をでっち上げ、母だけに見せるためのニュース番組を制作したのだ。デニスの作ったニュースを見ている最中、母が突然、ヘソクリの隠し場所を思い出した。アレックスは、廃品に出したチェストを探し出し、引出しの奥から金を発見した。だが、既にドイツマルクへの交換は締め切られていて、母が四十年働いて貯めた金は只の紙くずとなってしまった。
ワールドカップでドイツが優勝した頃、母は快方へ向かっていた。だが、それに従い、アリアーネとライナーは、アレックスの芝居に非協力的になり、姉弟の軋轢は高まっていった。アリアーネが苛立っていたのには別の理由もあった。彼女の働くバーガーショップに、父ローベルトが現われたのだ。十数年ぶりだったが、アリアーネは声でそれが父であることに気付いた。父が市内にいることを確信したアリアーネは、そのことをアレックスにだけ打ち明けた。
仕事や母の介護、そして、東ドイツの延命に明け暮れ、アレックスは疲れきっていた。ララの部屋でピクルスの空き瓶を発見したその日、アレックスは母の寝室でうっかり眠ってしまった。孫のポーラがはじめて歩き出すのを見たクリスティアーネは、自分もベッドから立ち上がると、散歩に出かけてしまった。だが、クリスティアーネがアパートの外で見たものは、彼女にとって意外ものだった。アパートの周囲に、次々と西側のものと思われる家具や生活用品が運ばれてくるのだ。そんな光景を不思議な思いで見つめながら歩き出すクリスティアーネ。その時、ビルの向こうからヘリコプターが近づいてきた。ヘリに釣り上げられていたのは、レーニン像の上半身。レーニンはこちらに手を差し伸べながら、クリスティアーネの前を通り過ぎていった。
アレックスとアリアーネは、外を歩いていた母を捕まえて、アパートへ連れ戻された。母は外で何が起こっているのか、さかんに尋ねてきたが、アレックスたちには答えることが出来なかった。再び、デニスのニュース番組の出番となった。偽のニュースは、資本主義に背を向けた西側からの難民が東ドイツに押し寄せていると伝え、母が外で見た光景を説明した。アレックスの計画は当初のものから変化し、母のために作り上げた架空の国は、いつしか、自分自身の理想の姿を映し始めていた。
アリアーネが妊娠し、東西ドイツが統一条約を結んだ頃、ケルナー家は母が倒れてから初めて、森の小屋へピクニックに出かけた。一家が庭でくつろいでいた時、母が「私が寝ていた八ヶ月の間になにがあったの?」と呟いた。アレックスとアリアーネは聞いていないふりをするが、それは彼らが大人になったことについてだった。それから母は、「ウソをついていた」と言い、父が亡命した本当の理由を語り始めた。父は女性のために逃げたのではなかった。党員でなかったために職場で辛い目にあっていた父は、家族のために亡命を決意したのだ。後から母も子供たちを連れて西側へ行くつもりだったが、危険を恐れて諦めてしまった。母はそのことを深く後悔していて、最後に「ローベルトにもう一度会いたい」と呟いた。真実を知ったアレックスはやりきれない思いになった。
その夜、母の様態は急変した。アレックスは母の最後の願いをかなえるため、父の家に急いだ。アレックスの拾ったタクシーの運転手は、偶然にも、彼が憧れていた宇宙飛行士イェーンだった。かつての英雄は見る影もなく、自分がイェーンであることも認めたがらなかった。父の家はホームパーティの真っ最中だった。アレックスが父のまだ幼い子供たち、つまり、アレックスの弟たちと一緒にいると、そこへ父がってきた。はじめ、父はアレックスに気付かなかったが、彼が名乗ると動揺し、家族の便りを待ちつづけていた自分の苦しみを息子に伝えようとした。だが、アレックスは父の話を聞くより、母が危篤であることを先に伝えた。
アレックスは父を連れて病院に戻った。彼は、自分のいない間に、ララが母に東西統一のことを教えてしまったことに気付いていなかった。父と母は一時間あまりも病室で話し合った。一方、アレックスは、もう芝居をするのをやめる決心をしていた。ただ、最後にもう一度、東ドイツの建国記念日を祝うつもりだった。東西ドイツの正式統一の日は十月三日。母の時間を四日繰り上げ、その日に、現実とは逆の立派な建国記念日を祝うのだ。
まず、アレックスはイェーンを探し出した。そして、彼に軍服を着せ、演説の模様をデニスに撮影させた。デニスは撮影した素材を大急ぎで編集し、十月三日の夜に病院のアレックスに送り届けた。アレックスは病室で、母、姉、ララと一緒に、デニスの作ったニュース番組を観た。ホーネッカー書記長の退陣までは、一年前の現実と同じ。だが、そこからはアレックスの考える理想のドイツの姿だった――ホーネッカーの後任のイェーンは、テレビを通じて、ドイツ市民に国境の開放を宣言。東ドイツは社会主義を保持しつつ、敵であった西側の人々と共存する道を選んだのだ――母はテレビと息子を見比べながら「すばらしいわ」と感想をもらした。その時、統一を祝うたくさんの花火が打ちあがった。
母は、東ドイツより三日長生きした。アレックスは、母が真実を知らずに幸せのうちに死んだと信じていた。母の遺言により、空にまかれることになった遺灰は、アレックスが点火したロケット花火で打ちあげられた。アレックスが生かし、母が信じた架空の国。その国で、アレックスは母の思い出にいつでも出会えるはずである。
キャスト
アレックス
| ダニエル・ブリュール
|
クリスティアーネ
| カトリーン・ザース
|
アリアーネ
| マリア・シモン
|
ララ
| チュルパン・ハマートヴァ
|
デニス
| フロリアン・ルーカス
|
ライナー
| アレクサンダー・ベイヤー
|
ローベルト
| ブルクハルト・クラウスナー
|
クラプラト校長
| ミヒャエル・グヴィスデク
|
スタッフ
監督
| ヴォルフガング・ベッカー
|
製作
| シュテファン・アルント
|
脚本
| ヴォルフガング・ベッカー
ベルント・リヒテンベルグ
|
撮影
| マルティン・ククラ
|
音楽
| ヤン・ティルセン
|