大阪で芸者と出会った寅次郎。
彼女に生き別れた弟がいることを知り、二人で会いに行くが……。
シリーズ第27作。
男はつらいよ
浪花の恋の寅次郎
製作年 | 1981
年
|
製作国 | 日本 |
上映時間 | 104
分
|
色彩 | カラー |
シリーズ27作目は、サブタイトル通り、大阪での寅次郎の恋を描く作品。舞台は他に、瀬戸内海、対馬島を股にかける。マドンナ役には松坂慶子。ゲストに芦屋雁之助と大村崑を迎える。また、前作で降板した中村はやとに代わり、吉岡秀隆が満男役として初登場。以降、最終作まで満男を演じる。夢のシーンは、寅次郎が竜宮城に行くというもので、松竹歌劇団のレビュー付き。このシーンで、既に松坂が乙姫役として登場しているのが型破り。しかし、これからは、マドンナやゲストが夢に登場するのも珍しくなくなってくる。ちなみに、松坂は、第46作『寅次郎の縁談』のマドンナでもあるが、本作とはまた別の役である。
今回、物語前半の柴又で巻き起こる騒動は、社長を中心にしたもの。寅次郎が、帰りが遅い社長を心配し、もしかして自殺をしたのではないかと大騒ぎ。実は、社長が寅次郎に“殺される”のは、第22作『噂の寅次郎』以来、二回目である。状況は前回とそっくりで、リメイクといっても良いほどだが、今回は寅次郎のアリア(ひとり語り)付き。アリアと言えば、リリーに関するものが名場面としてファンに認められているが、社長の死を確信し、自分も後追いするなどという不吉なアリアもまた絶品だったりするのである。
前作の寅次郎とマドンナの関係は、かりそめの親子というかなりの変化球だったが、本作ではまた一変。「男はつらいよ」的に正統派のマドンナが満を持したかたちで登場する。未亡人でも、人妻でもない高嶺の花。その上、シリーズ屈指の美人であり、寅次郎の恋煩いも久かたぶりに重傷となる。そんな寅次郎に対して何かと思わせぶりなところも最近のマドンナにはない。一時は、あわやというところまで来るが、当然のことながら、絶好のチャンスをものすることが出来ない寅次郎。相手のレベルの高さに比例して、良い格好をしたがる男なのである。ヘンに格好をつけて、結局、いちばん格好の悪いことになってしまう寅次郎の哀しさ。そのあたりのところが、関東と関西の恋愛感の違いの中によく現われている。小ネタではあるが、マドンナを想うあまり、関西弁の女言葉がうつってしまうのは、なんともせつないギャグだ。
前作と本作のマドンナは、性質がまったく異なっているが、寅次郎との関係のとりかたには共通点もある。どちろらも、寅次郎とマドンナがそれぞれの境遇を共感することにより、心を通わせている点だ。前作では、マドンナが学校を中退していることが寅次郎の共感を呼ぶひとつのきっかけであったが、本作では、マドンナに生き別れのきょうだいがいることが、それに相当している。寅次郎とっての生き別れの相手とは、もちろん、さくらであるが、関西という舞台が加わると、同時に母親のことも重ね合わせて見ることも出来る。ここで、今一度、過去を振り返るようにモチーフを繰り返すことで、単なるパターン化やパターン崩しではない、「男はつらいよ」の世界観の補強が批評が行おうとしているように思える。
寅次郎は、片想いの顛末は、マドンナの結婚宣言により身内の見ている前でフラれるという、第19作『寅次郎と殿様』と同じで、いちばん惨めなパターン。いつもならば、「マドンナが幸せならば良い」という美学を貫いてみせる寅次郎だが、今回ばかりは美学を忘れて、酷い仕打ちをしてくれたマドンナを陰で責める。あまり見たくない寅次郎の醜態であるが、その結末は意外にも、フラれたマドンナに会いに行くという、シリーズ中でも珍しく吹っ切れたものになる。悲しい出来事を「忘れたり」、「納得させたり」することが、本作の一つのテーマであるならば、寅次郎がマドンナの前から逃げ出したままでいなかったことは、彼の成長と言えるかもしれない。
寅次郎が大阪に行くというのも本作の見どころ。京都・奈良には縁があるが、大阪にはあまり縁の無い寅次郎。彼が大阪を訪れるのは、第二作『続 男はつらいよ』で母親を訪ねた以来である。大阪パートの舞台は新世界を中心としているため、画面に移りこむ通天閣が美しく撮られている。寅次郎が大阪の街を往く場面は少ないながらも、かしまし娘や笑福亭松鶴などの芸人の出演者が、関西の特有のエネルギーとバイタリティを表現。義理と人情、粋とイナセをポリシーとする生粋の江戸っ子・寅次郎も圧され気味だ。ただ、寅次郎はじめ“とらや”人々にとって、大阪がほとんど外国(というより、竜宮城)みたいな扱いをされているので、地元の方は気を悪くするかもしれない。
いつになく暗い顔の社長。どうも、会社の経営がいよいよ深刻な状況になってきたらしい。社長が最後の頼りとなる得意先に出かけようとした時、寅次郎が“とらや”に帰ってきた。寅次郎はいつになくご機嫌で、社長の顔を見るなり、夢の中の竜宮城で踊っていたタコにそっくりだ、と言って、笑った。人の気も知らない寅次郎の能天気さに、頭に来た社長。すごい剣幕で寅次郎を突き飛ばすと、怒りながら得意先に出かけてった。さすがの寅次郎も、社長がただならぬ様子だったことに気付き、心配するのだった。
社長は出かけたっきり、夜になってもいっこう帰ってくる気配がなかった。電話の連絡もないので、さくらたちは社長を気にかけていたが、いちばん慌てていたのは、昼間の一件を気にしていた寅次郎だった。もしや江戸川に身を投げたのでは、と先走った寅次郎は、何も行動を起こそうとしないさくらたちを非難しながら、源公と一緒に社長を探しに出かけた。寅次郎が出かけてからしばらくして、社長が帰ってきた。得意先との商談が上手く行ったのに安心して、飲み歩いていたというのだ。平謝りの社長だったが、そこへ、寅次郎が帰ってきたから大変なことに。結局、翌朝早く、寅次郎は旅に出てしまった。社長が、つねに寅次郎の様子を尋ねると、出掛けに「社長は心配してくれる人がいるから幸せだ」と言ったらしい。
瀬戸内海のある島にやってきた寅次郎は、一人で墓参りをしている女性に声をかけた。それは艶やかな女性だったが、質素な佇まいをしていた。寅次郎は、未亡人か何かだと早合点するが、墓は女性の祖母のものだった。女性は浜田ふみと名乗った。亡くなった祖母は、親が離婚した後、一人っ子であったふみを一人で育ててくれたのだという。ふみは祖母から自立した後、大阪で暮していた。寅次郎は、ふみが工場や郵便局などの真面目なところで働いているのだと考えた。だが、ふみは自分の職業について答えることなく、連絡線で島を離れる寅次郎と、船着場で別れたのだった。
瀬戸内海を出てから寅次郎は、大阪で長逗留をしていた。だが、寅次郎得意の啖呵バイは大阪では通用せず、商売も諦めかけていた。石切参道で商売をしていた寅次郎は、前の店でおみくじを引く三人組の芸者に目を止めた。振り返った一人の芸者を見て、寅次郎はハッとした。驚いたのは相手も同じ。その女性は瀬戸内海で出会ったふみだった。彼女は、自分が水商売であることを気にし、そのことを寅次郎に言い出せずにいたのだ。寅次郎は、ふみとその姉芸者たちとすっかり打ち解ると、一日中、飲み歩いた。新世界の宿に帰ってきた寅次郎は、送ってくれたふみに、いつもの調子で札を渡した。すると、ふみは少し怒りながら、「寅さんはお客やない。友達よ」と言って、金を返したのだった。
“とらや”に寅次郎から手紙が届いた。寅次郎は大阪をたいそう気に入ったようで、まだ滞在を続けるようだ。竜造たちは、“大阪嫌い”を公言していた寅次郎が、長逗留としている理由を考えた。その答えはひとつしか考えられなかった。社長は、「浪速の恋か」と呟いた。一方、寅次郎はふみと寺参りを楽しんでいた。宝山寺では、寅次郎とふみは絵馬を書いた。寅次郎がいだずらでふみの絵馬を取り上げると、そこには「弟が幸せになりますように」と書かれていた。ふみは、自分には五、六歳の頃に生き別れた英男という弟がいることを打ち明けた。だが、弟の勤め先まで突き止めながら、相手が自分を覚えているか心配で、会いに行くことに踏みきれないでいた。寅次郎は、ふみを説得し、二人で英男に会いに行くことにした。
ふみと寅次郎は、英男の勤め先である運送会社にやってきた。英男の上司にあたる運転主任は、ふみか英男の姉だと知ると、沈痛な面持ちになった。事務所に通されたふみと寅次郎は、英男が既に故人であることを知らされた。ある日、突然、胸の痛みを訴え、そのまま心不全で亡くなったのだという。大きなショックを受け取り乱したふみは、「どうして知らせてくれなかったんですか」と叫んだ。ふみと寅次郎は、英男の同僚に、すっかり引き払われた英男のアパートの部屋に案内された。部屋にはふみが来たという知らせを受けて、英男の恋人だった信子が駆けつけた。信子にとって英男の死は、結婚の約束をした矢先のことだったという。ふみは、英男が同僚や恋人に囲まれて幸せに暮していたと考え、自分を納得させるのだった。
その夜、ふみは座敷が上がったが、英男のことを思い出すとやりきれなくなり、姉芸者に謝りながら、中座した。宿で寝ていた寅次郎は、番頭の喜助に起こされた。酔っ払ったふみが寅次郎を訪ねてきたのだ。ふみの気持ちを察した寅次郎は、一緒に酒を飲もうとした。寅次郎は、信子のことを気にするふみを、「あの娘もすぐに忘れて新しい恋人を作るさ」と言って慰めた。だが、突然、ふみは「泣いてもええ?」と言うと、寅次郎の膝の上で泣き出し、そのまま眠ってしまった。どうして良いか分からなくなった寅次郎は、ふみに布団をかけると喜助の部屋で眠った。
翌朝、寅次郎が部屋に居ないことに気付いたふみは、邪険にされたと思い、書置きを残して宿を出て行った。「これからどうして生きていくか一人で考えていきます」という、ふみの書置きを見た寅次郎も、喜助に礼を言うと東京へ帰っていった。寅次郎は、“とらや”に戻っても、大阪での出来事を思いながら、始終ぼんやりとしていた。だが、夕飯時、博たちに促され、ようやく、ふみのことを話始めた。寅次郎は、可哀想なふみに何も出来なかったことを悔やんでいた。そんな自分に愛想をつかしてふみは行ってしまったのだ、と。
翌日の昼過ぎ、寅次郎が出かけているときに、“とらや”にふみが訪ねてきた。夜になりようやく戻ってきた寅次郎は、ふみが茶の間にいることに驚いた。ふみが寅次郎に会いに来たのは、芸者を辞めて大阪を出たことを知らせるためだった。寅次郎は、これからふみが東京で仕事を探すものと早とちり。だが、ふみは対馬で暮らすことになったことを打ち明けた。彼女は板前と結婚し、対馬で寿司屋を開くことにしたのだった。急に雷雨になった。ふみはタクシーでホテルに帰っていった。竜造たちは寅次郎に同情した。寅次郎も惨め気持ちになり、「わざわざ来ることはなかったんだ」と呟いた。さくらは、憤慨する寅次郎を見て、それほどまでにふみのことが好きだったのだと知るのだった。
その後、ふみは対馬で夫と共に新しい生活を始めていた。ある朝、ふみが店の準備をしていと、自分に寅次郎という男が会いに来ていると、夫から知らされた。家に戻ってみると、そこには、大阪で出会った時と変わらぬ笑顔の寅次郎が待っていたのだった。
キャスト
車寅次郎
| 渥美清
|
さくら
| 倍賞千恵子
|
ふみ
| 松坂慶子
|
竜造
| 下條正巳
|
つね
| 三崎千恵子
|
博
| 前田吟
|
社長
| 太宰久雄
|
源公
| 佐藤蛾次郎
|
満男
| 吉岡秀隆
|
| 正司照江
正司花江
マキノ佐代子
初音礼子
笑福亭松鶴
関敬六
冷泉公裕
斎藤洋介
浮世亭とん平
久世龍之介
津嘉山正種
笠井一彦
羽生昭彦
木村賢治
篠原靖夫
入江正夫
小田草之介
加島潤
九十九一
東竜司
上野純
団巖
酒井栄子
光映子
秩父晴子
谷よしの
一氏ゆかり
斎藤悦子
水木凉子(水木涼子)
伊藤晶子
小川由夏
村上記代
松竹歌劇団
|
主任
| 大村崑
|
御前様
| 笠智衆
|
喜介
| 芦屋雁之助
|
スタッフ
製作
| 島津清
佐生哲雄
|
企画
| 高島幸夫
小林俊一
|
脚本
| 山田洋次
朝間義隆
|
撮影
| 高羽哲夫
|
美術
| 出川三男
|
音楽
| 山本直純
|
録音
| 鈴木功
|
調音
| 松本隆司
|
照明
| 青木好文
|
編集
| 石井巖
|
スチール
| 長谷川宗平
|
監督助手
| 五十嵐敬司
|
装置
| 小島勝男
|
装飾
| 町田武
|
衣裳
| 松竹衣裳
|
現像
| 東京現像所
|
進行
| 玉生久宗
|
製作主任
| 峰順一
|
振付
| 松見登
|
方言指導
| 土部歩
|
衣裳提供
| 銀座三越
|
協力
| 柴又神明会
鈴木自動車
対馬島観光協会
|
原作/監督
| 山田洋次
|